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藤宮彩
「私は藤宮彩。あなたは?」
一緒に買い物をしていると、彩が名前を聞いてきた。さて何と名乗ろうと考えるより先に、
「お……私は瀬田かずみです」
本名を名乗っていた。俺は「しまった」と思うと同時に彩の顔を見る。思いっきり表情が歪んでいた。しかし、彩はすぐに表情を戻し、
「かずみちゃんね」
と優しく笑う。
「ごめんなさい。同級生に同じ名前の人がいたから、ついね」
間違いなく、俺の事だ。でもまぁ、普通に同姓同名の別人だと思うだろう。年も性別も違うわけだから。
俺はボロを出さないようにして、少女を演じる事にする。
彼女、藤宮彩との付き合いは長い。すでに語ったが、家は近所で、それこそ保育園からの付き合いになる。ともに実家から越してきて一人暮らし中だ。
中学生の時から交際していたのだが、高校卒業の時に破局。進路は決まった後だったのでともに上京してきた。俺が振ったという事もあり、疎遠ではあったものの幼馴染みという事で、たまに連絡を取り合う事はあった。
元気そうで安心したよ。俺は心の中でそうつぶやく。
買い物を進めていると、彩が俺に尋ねてきた。
「ねえ、かずみちゃんのさっきの格好はどうしたの?」
「え?」
どうやら、服屋の前でのあのだぼだぼの格好の事を聞いているらしい。どうやってごまかそうか。
「最近引っ越してきたばかりで、服を確認したら間違えてお兄ちゃんのを持ってきてたみたいなんです」
思いつきでごまかしてみる。だが、さすがに少し無理があるよな、服間違えるってどんな状況だよ。
「へえ、お兄さんのをね……」
彩がじろじろと俺を見てくる。間違いなく疑っている。いたいけな少女の言葉を疑うって、どういう風に俺を見てるんだ。
俺が上目遣いに睨んでいると、彩がにっこり笑って俺に話しかけてくる。
「ねえ、もしかして一人暮らし?」
彩の問いかけにキョトンとする俺。でも、彩は間髪入れずに言葉を続ける。
「もし一人暮らしなら、私と一緒に暮らさない?私も一人でちょっとさみしいから」
うん、訳がわからないよ。知り合ったばかりの子を一緒に暮らさないかって誘うって何を考えてるんだ。あまりの事に思考が追いつかなくなっている。
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