スーパーにて

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スーパーにて

 マンションを出ると、今度はスーパーの方へと歩き出す。服屋に行く時と同じように、視線が低くなった事でいつもの道が新鮮に感じられて道を間違いかける。すぐに気が付いて戻ったので大したロスにはならなかったし、足に合った靴のおかげで服屋の帰り道と同じくらいの時間でスーパーにたどり着いた。  今夜の献立はどうしようか。スーパーに入るとそんな事を考えながら売り場を見て回る。少女になってから半日も経たないうちに自分の姿にもはや違和感がなくなってきている。人間の適応能力は恐ろしいものだ。というよりも、姿が変わった事による今後の生活の不安の方が大きかった。だからこそ、姿が変わった事に戸惑っている余裕などなかった。この辺は元々の真面目さゆえの判断だ。  ……実際、女癖が悪い以外は特に問題はなかったと思っている。ただ、女癖が悪い一点だけで、周りの心証はよろしくなかっただろう。  少女姿になった事で、以前の自分の言動を冷静に分析できている。まったくもって不思議な事だと思う。  ピロン。  スマホから通知音が聞こえた。俺はすぐさま確認する。内容は退職届とそれに伴う有給申請の受理メールだった。休日にもかかわらずすぐに処理、しかも特に聞かれる事なく受理とは驚きだった。でも、これでゆっくり対応を考えられる。実にありがたい事だ。  スーパーで買い物をしていると、さっき見たばかりの顔がある。……彩だ。  俺と彩は幼馴染みだ。家も近くでともに地元で就職している。長く付き合いながらも俺が一方的に振った。しかも心変わりしたかのような酷い振り方だったので、たまに顔を合わせるものの気まずくてろくに会話もしなかった。  俺の女癖が悪くなったのは彩を振った頃からだ。あれは高校卒業頃の話なので七年くらい前だ。正直、彩を振った理由も女癖が悪くなった理由も、今冷静に考えてまったく分からない。謎すぎて気分が悪い。  俺が立ち止まって彩を見ていると、彩も俺に気が付いたようだ。もっとも、服装が変わっているので怪しいところだが。 「あら、さっき服屋さんの前で会った子?」 「あ、先ほどはありがとうございました」  躊躇なく言い当てられたので、お礼を言っておく。それから俺たちは一緒に買い物をした。
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