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「出た出た夫婦」 「光ちゃんこの授業一緒なのな」  友人たちは自然と席を空けて光太郎を中央に座らせる。この中では光太郎だけが別の学科であるのだが、泉と一緒にいることがあまりに多いために、すっかりと馴染んでしまったのである。 「ねえ光ちゃんさ、いっそもう若の童貞もらってあげたら?」 「んなっ」  ようやく解放された口を開くが、今度はあまりの言い草に抗議の言葉を紡ぐことができない。友人たちが冗談やからかいの色だけではなく、心底不憫そうな顔をしていたことも原因である。 「だってさ、本当しゃれになんねーよ。大学入ってから二桁以上告られてて、その半分はOKしてるのにまだ童貞なんだぜ?」 「なー、こんなイケメンがまだ……なんて誰も思わねえよなあ」 「あらあら若。ユミちゃんにふられたの?」  光太郎に慣れた様子で言われるのはダメージが大きい。 「ユミちゃんじゃなくてユキちゃん」 「あれ? ユミちゃんはその前だっけ?」 「ユキちゃんの前がサオリちゃんでその前が……ああ、自分で言っててむなしくなってきた……」  ぐったりと机に伏せたところでちょうど講師が入室してきた。泉はすぐに気持ちを切り替え、背筋をただす。使い古されたファイルからルーズリーフを取り出し、日付、講義名を美しい文字で書きつける。そして授業用の眼鏡をかければ、あまりに整った秀才スタイルに、周囲の女子からほう……とため息が漏れる。真面目を究極まで突き詰めたようなその姿に秘められた残念な部分を知ってしまっている友人たちからは、違う意味でため息がこぼれるのだが。 「体育科の藤村くんって本当に格好いいよね」 「ねーほかの体育科のゴリラとは大違い」  などという囁き声すらかわされる。  事実。藤村泉の外見は並外れて整っていた。絹のように滑らかで柔らかい黒髪は癖ひとつなく、意志の強そうな力のある目元に陰を落とす。小さく引き締まった顎や筋のはっきりした首元からは色香が漂い、すっと美しく伸ばされた背筋には気品すら覚える。加えて、他の学生にはそう見られない生真面目さである。注目を集めるなというほうが無理があった。 「イケメンっていうより二枚目? 真面目だし、黒髪だし、和風王子って感じ」 「わかるー。若様って呼ばれてるの納得だよね」  そう、泉のフルネームは藤村泉であり、若林でも若田でもない。「若様」。これが本人は不本意な呼び名の本意である。 「でもでも、いつも一緒にいるあの人も格好いいよね」 「烏丸くん? 美術科の二年生だよ」  続いて女子たちの目線は、泉の隣に座る光太郎に注がれる。こちらはどちらかというと今風のいわゆるイケメンであり、泉との対比で「正統派王子」と称されている。 「芸術男子かーめっちゃ素敵」 「あんな先生いたら絶対美術部入っちゃうよねー」  そうなんだよな、と泉は内心首をかしげる。本当は教壇で繰り広げられる憲法の授業に集中したいのだが、すぐ後ろの席で自分たちに関する会話を繰り広げられてはつい聞いてしまう。 (光太郎は男の俺から見ても格好いいんだよなあ)  モデルや俳優だといわれても納得してしまいそうな、整った甘い容貌に、百八十近い長身である。癖毛気味の赤茶色い髪はそれはそれで味があり、幼さを残した顔によく似合っている。長い脚を組んで座り黒板をぼんやり見つめるさまは、そのまま雑誌の表紙に載っていてもおかしくはないほど絵になっている。こんな美男子を世の女性が放っておくはずもないのだが、幼い頃からずっと一緒にいる泉は、彼の傍らに女性の影を一度たりとて感じたことがない。 (ずっと一緒に……ってそれが原因か?)  小中高大。ずっと同じ学校で、今はワンルームアパートの一室でともに生活している。常に一緒にいて、当然息も合うため、周囲から「藤村夫妻」と揶揄される始末である。もしかしたらそのことが、光太郎を女性から遠ざけてきたのかもしれない。 (もしかして俺が女の子と長続きしないのも……いや、俺は光太郎が邪魔だなんて思ったことは一度たりとて……! いやしかし……!)  結局その日の授業には全く集中できなかった。
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