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「……光太郎」  力強さを取り戻した声音で泉が言う。己の今の名前を呼ばれ、光太郎ははっとした。  若桜と紅牙。ふたりの悲願は果たされた。結ばれたいと切望したその純粋すぎる欲望は、報われたのだ。  今ここにいるのは、十九年という、若桜と紅牙が輪廻をさまよった年月に比べたら短すぎるときを、しかし濃密に過ごしてきたふたりだ。かつての生のしがらみを解き放った今、泉は何を思うのか。不安から眉間に皺が寄る。その顔を見て泉は、ふ、と柔らかく笑った。 「光太郎。俺を見つけてくれてありがとう」 「……若」 「今度は、藤村泉として、烏丸光太郎が欲しい」  真赤な顔でそう告げて、首筋に抱き着いてくる。その確かな存在が愛しくて愛しくて、今激しく求めあったばかりの褥に再び押し倒した。 「若、いいの? 僕は子どもの頃からずっと若が好きだったけど、若は今日思い出したばかりなのに……」 「いや」  戸惑うその体に口づける。絵ばかり描いていたはずなのに、ずっと野球をやっていた泉よりも広い肩。柔らかい印象の顔を載せているのにしっかりと男らしい首。何もかもが愛おしい。光太郎の全てが愛おしい。 「過去のことなんてなくても、俺は光太郎を好きになっていたと思う」 「え……」  首にしがみついていた両手を外されて、顔の横に押し付けられる。万歳をしかけたような体勢の泉に、光太郎はずいっと顔を近づける。鼻と鼻が触れ合いそうな距離で端正な顔を見下ろせば、脚の付け根で何かがぐぐっと質量を増した。 「今、何て言ったの」  その必死な様に泉は笑ってしまう。ちゅ、と小さくその唇に口づけて、精いっぱい格好つけて言ってやった。 「好きだよ、光太郎」  そこからはもうなし崩しだった。向かい合って座るような体勢で光太郎のものを受け入れ、もはや腹の底で光太郎自身を感じるほどに、深く突き上げられた。  若桜と紅牙ではなく。今を生きる泉と光太郎しての初めての交わりは、しかし長くは続かなかった。 「あ、あっ、光太郎、俺もうっ」 「いくの? 若、いいよ、いって」 「な、名前、呼んで」  かつての自分だけではなく、この現世を生きる者として愛してほしい。その思いを込めて懇願すれば、見上げてくる瞳がキュウと細くなった。 「……泉」  低い声を耳に直に吹き込まれた瞬間、泉の精が迸った。 「あっ、あああぁ……っ」 喉をのけぞらせ高い声を上げて、白濁を放つ。ひくひくと痙攣する腹部に、あの忌まわしい痣はもはや跡形もなかった。 「光太郎、いって……」  力の入らない腰を揺すって、未だ内部で主張を続けるその熱芯を刺激する。ただただ情欲に浮かれた光太郎の顔を眺める泉の目は、とろとろに蕩けきっていた。 「いいの? でも若、今いったばかりで……」 「いいから。俺を見て、いって」  戸惑う光太郎の頬を両手で包み込み、脱力した脚に鞭打って上下に体を揺する。正面から顔と顔を突き合わせその瞳に自分以外のものを映すまいとする必死な様に、光太郎は己の中で庇護欲が掻き立てられるのを感じた。 「泉。泉っ……、かわいい、大好き……」 「あ、ぁっ、くぅ、ん……っ」  下から突きあげてやれば切なそうに目を細めるくせに、それでも視線を外そうとせず、鼻先を擦り合わせながらあえぐ。 「見て。俺を、ちゃんと。今生きてる俺を、っ」 「うん。ここにいる、泉をちゃんと感じてる、よ」 「んっ……」  絶頂の瞬間の声は、全てその唇の中に飲み込まれた。その体内を己の欲望で汚し、光太郎は愛しい体を強く抱き締めた。  上がってしまった息を整え、快楽の残滓を余すところなく味わい、そしてふと気づく。気づいてしまってから泣きそうになった。 「泉、時計見て」 「とけい……あ、」  枕元に置かれた目覚まし時計の短針は、頂点を僅かに振り切っている。年が、明けていた。 「泉。お誕生日、おめでと、う……」  最後は涙に濡れて言葉にならなかった。  藤村泉は二十歳になっていた。  何度生まれ直しても十九年しか生きられなかった。超えられなかった。非業の終幕を遂げた若桜の生涯を、今、超えた。  二人で抱き合い、また泣いた。今日は泣いてばかりだと笑いながら、いつまでもそうやって身を寄せ合っていた。
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