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「若、今日の夜ひま? 若のなぐさめ会やろうぜってことになったんだけど」
一日のすべての授業が終わり、帰り支度をしていた泉を同じ学科の友人たちが囲む。
「何だよなぐさめ会って……。どうせ俺をダシに集まりたいだけだろう」
「まあそうなんだけどね?」
悪びれずに言う。友人たちのこういうノリは嫌いではなかったが、泉にはひとつ懸念があった。
「でもなあ。飲みに行くんだろう?」
「まあそうだね」
「あのな。俺は誕生日が十二月なんだ」
「おう?」
なお現在は十一月も始まったばかり。
「まだ十九歳なんだ。だから、酒は飲めん」
周囲から深い落胆の気配が漂ってきて、申し訳なさがつのる。もともと大柄ではない体をより小さくするが、ここは譲れないラインなのだ。
「あー……そうだったわ」
「若は二十歳になるまで絶対に飲まないんだよね」
「すまん」
「まぁそういう堅すぎるところが藤村らしいじゃないか」
一際大きな声で場を取りなしてくれたのは、学科の同期の中心的存在である郷田だった。名前の強さに負けないいかつい体躯に豪胆な性格をしており、最もこの教育学部体育科に相応しい男だ。
彼が声をあげた瞬間、目つきをかえた人物がいたのを泉は見逃さなかった。それまで輪から一歩下がったところでにこにこと成り行きを見守っていた、光太郎である。
「じゃあ今度だれかの家で鍋でもやろうぜ。ちょうど寒くなってきたし」
「いいな、それなら藤村も参加できるだろ」
「ああ、すまんな」
つい、と滑らかな動きで光太郎が輪の中心に割り込んできて、泉の腕をとる。その動きに強引さはなくあくまで自然だ。
「もー、僕らんちは嫌だからね。みんなどうせ汚すんだから」
「おーい嫁さんが怒るから藤村家はダメだってよ」
ど、と笑いが起こる中心で頬を膨らませている光太郎はいつも通りの、つかみどころのないふわふわとした光太郎だ。だが、あの一瞬。郷田を見たあの表情は――。
(今にも殺しかねない目をしていたぞ……。)
いつでもにこにことしていて誰にでも柔らかく笑いかける光太郎は、しかし、どうやら郷田のことが余程嫌いらしかった。その事実に泉はとうに気づいてはいたが、周囲にも当人にもいまだに言い出せずにいた。
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