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「どうしたの、若? ぼうっとして」  はっとして顔を上げれば、テーブルを挟んだ向かいで光太郎が薄い色の眉をきゅうと下げて、心底心配そうにこちらを見ていた。さっきまでせっせと肉じゃがを口に運んでいた手は気づけばすっかり止まってしまっていて、箸の先からは花の形をした人参がぽろりとこぼれた。 「お口に合わなかった?」 「あ、いやすまん。考えごとを」  作ってくれた人の前で箸を止めるなど失礼極まりない。ペースを上げて、絶妙な味つけの肉じゃがを次々と頬張った。  大学入学と同時に二人暮らしを始めてから、食事の用意はすっかり光太郎の役目である。母親同士が仲の良い親友同士で兄弟も同然に育ってきたので、費用を浮かせるために一緒に住めと言われたときにも、互いになんの抵抗もなかった。違和感もなかった。だがこうして一緒に生活をしてみて、泉は光太郎の家事能力の高さに驚かされるばかりである。料理を全て任せてしまっている分、後片付けや掃除、洗濯などは泉の仕事だったが、本当はいずれも光太郎がやったほうが手っ取り早かった。それでも光太郎は口出しひとつせず、手際が悪いながらも懸命に自らの役割を果たす泉を微笑んで見守っているのだ。 「考えごと?」 「ああ」 「なになに?」 「笑うから言わない」 「あっ分かった! マイちゃんのことでしょ」 「ユキちゃんな。そのことといえば、そのことなんだが……」  わかめご飯をかき込むついでにちらりと光太郎を盗み見るが、ニヤついていたり茶化すような顔でもない。やはり話すなら光太郎しかいない。泉は腹をくくった。 「……俺は男としての機能に不備があるのだろうか」 「ぶは、食事中にその話する?」 「おまえが言えといったんだろう。……普段はちゃんと健全に機能しているんだ、その、ひとりのときは」 「はあ」 「だけどなぜかいざそのときになると、だめなんだ。毎回ふっと、『何か違う』と思ってしまって」 「何か違う……ねえ」  光太郎は小さくふっと息を吐いた。笑ったらしい。それが同情でも嘲りでもないことは泉にはすぐに分かった。そしていつの間に食べ終わったのか、自分の分の食器をシンクに運びながら、優しい声音で話し出す。 「もしかしたら若は、運命の相手を待ってるのかもね」 「は? 茶化すなよ」 「茶化してないよ。自分の中にびびっとくる人を心のどこかで探してるんじゃない? だからそれ以外の女の子たちは、『何か違う』」  一理ある。 「それかさ。そういう……体の結びつきがなくてもそばにいられる人を探したら? 僕はそういうのも全然アリだと思うけど」 「なるほど……」 「ま、焦らなくてもいいんじゃない。若は格好いいからいつでも相手は見つかるよ」  そう言って空いた大皿を下げるために屈んだ光太郎の表情を、何と表現したら良いのだろうか。その時確かに光太郎は笑んでいた。しかしその微笑みには計り知れない何か――哀愁のようなものが含まれていたような気がした。
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