絡まる糸

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 とある日の昼休憩、理真は咲と近くの定食屋へ行こうと、エントランスへ向かう。すると、受付の女性から呼び止められた。 「あの、氷上さん」 「はい?」  なんだろうと思って受付を見ると、華やかな女性が立っていた。華やかではあるが、派手という風ではない。長く艶のある黒髪に、切れ長の瞳、所謂和風美人といった感じか。 「こちらの方が、氷上さんに会いたいと来られたんですが……」 「……はぁ」  一度会えば忘れない、彼女の容貌はそれほど印象に残る。しかし、理真には覚えがない。それでも向こうはこちらを知っているようだし、無視するわけにもいかない。  理真は咲に謝り、先に休憩に行ってもらう。そして、彼女に向き直った。 「氷上です。あの、失礼ですが……」  名前を聞こうとすると、彼女は理真に恭しく頭を下げ、柔らかく口角を上げる。 「(わたくし)一宮奈都(いちのみやなつ)と申します。本日は突然お伺いしてしまい、大変申し訳ございません」 「いえ! あの……お会いしたことが?」  名前を聞いても思い出せない。失礼を承知で尋ねると、奈都は「いいえ」と首を振った。 「今日、初めてお目にかかります」 「……はじめまして、氷上理真です。何かご用でしょうか?」  どこで自分を知ったのか気になるが、とりあえず向こうが自己紹介をしたので理真もそれに倣う。すると奈都は、「お昼、ご一緒してよろしいでしょうか」と尋ねてくる。 「え?」 「お話があるんですが、ここでは少し。ちょうどお昼休憩の時間のようですし、ランチをご一緒しながらお話を聞いていただけますか?」  あくまで下手(したて)の態度は崩さない。しかし、どこか強引だ。断れないよう、追い詰められている気がした。  ここで逃げるわけにもいかない。  仕方なく、理真は戸惑いながらも奈都の申し出を受けることにした。
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