良夜

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体育館のバスケ部専用の下駄箱。左側の二列目のど真ん中が空っぽ。そこが瀬川の下駄箱で、金曜までは練習用のバスケットシューズが入っていた。 「昼休みにでも取りに来たのかな」 こぼれるように呟いた荒井の言葉が、翔琉の胸にチクりと突き刺さる。荒井と瀬川は幼稚園からの幼なじみ。友達になろうって声を掛けたのは瀬川だった。バスケをやろうって誘ったのも瀬川から、なのに辞めると決めたことは、何も相談してくれなかった。 「さっさと着替えて練習するぞ」 現状を受け止めきれない仲間たちを敵に回す翔琉の言葉。荒井だけじゃなくって、この場にいた2年全員が感傷に浸る光景が我慢ならなかった。翔琉と他の2年生は決定的に違うのだ。 3年生が引退して部員は23人。その内2年生が10人で、その9人が瀬川と同じ小学校出身。みんなで同じ高校へ行こうって、話が出るほど結束が固い連中。別の小学校から上がってきた翔琉が、入り込むにはハードルが高すぎた。だからこそ、瀬川に対して冷静でいられた。瀬川はチームの癌だった。 1年の終わり頃には試合に出ていた瀬川。2年に上がると完全な主力扱い。それが夏頃にベンチへと追いやられてしまった。 原因は3ヶ月間で身長が10㎝伸びたこと。急激な変化が瀬川の感覚を狂わせ、今まで通り打ったシュートが入らない。それがプレーに迷いと焦りを生じさせ、ミスを誘発させていた。  そんな窮地に追い込まれた瀬川は、もがく事を放棄した。ミスの理由をやる気がないからだと偽って、シュートが入らない現実に目を背けた。本気を出していないだけ、真面目にやればシュートは入る。そうみんなに思われるように振る舞っていた。 でも、みんなが気づかれているのは、瀬川自身もわかっていた。それでも止められない。またいつの日か、前みたいにシュートが入るようになると、未練がましく期待していたからだ。 「淳(瀬川)が苦しんでるのがわかんないのかよ?」 誰よりも瀬川との付き合いが長い荒井。庇う気持ちはよくわかるし、翔琉だって出来るなら、荒井の意思を尊重したいと思っていた。これまで孤立している翔琉がキャプテンとしていられるのは、荒井がバランスをとってくれているからだ。 チームの士気が落ちているとき、盛り立てるつもりで「頑張ろう」って声を上げる翔琉。だけど、キャプテンとしての責任感が言葉に角を立たせる。「頑張れよ」って非難するような言い方になる。そんな時に荒井が必ず助けてくれた。「頑張ろうぜ。だろ?」って、肩を叩いて笑顔をくれた。だから、翔琉も素直に「すまん」って言えた。 翔琉がキャプテンとしていられたのは、荒井のおかげ。だから、荒井には気づいて欲しかった。自分が言っている事が正しいことを、勝つために最善であることを。
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