< 第一話 ー起ー >

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< 第一話 ー起ー >

 朝が待ち遠しくて眠れない夜、というのは誰にでもある。それこそ、人間と呼ばれる存在でなくても同様なのだ。  グロリアはバッグ一つどうにか抱えて、自宅を飛び出していた。帽子からぴょこん、とエルフ特有の長くて大きい耳が飛び出す。ひそかにこの耳の大きさはグロリアにとっては自慢だったりする。エルフの種族にとっては、耳が大きくてピンと伸びている方がよりイケメンだと褒められる傾向にあるからだ。 「行ってきまあああす!」 「グロリア、靴ちゃんと履いてから歩きなさい!転ぶわよ!」  母の言葉もなんもその、目指す先は一つ。この町で一番大きな“シュレイン書店”である。今日は、ずっと待っていた長編小説のシリーズ、その新刊の発売日だったのだ。昨日は“間違って早く店頭に並んでやしないか”とこっそり何度も先んじて本屋へと足を運んでしまったほどである。勿論フライングなどはなくて、結局昨日はドキドキしたまま夜を明かしてしまうことになったわけだが。  本屋の前まで来ると、既に見知った顔が何人もレジの列に並んでいた。中等部の親友兼ライバルであるミツルギ、幼馴染のメルの姿もある。 「お、おはようグロリア。今日は寝坊しなかったんだな」  ニヤリと笑って、ミツルギが手に持ったものを掲げてみせた。分厚いハードカバーには、お馴染み三日月の下で語り合う者達のイラストが描かれている。タイトルは『ベリーメールの世界』。前巻では、主人公の少年少女のうち少年の方の過去がいよいよ明かされる!というところで物語が終わっていたのである。続きはどうなるんだ、こんなところで切るなんて作者の鬼!と言いながらジタバタしたのが三ヶ月前のこと。そして展開を楽しみにしていたのは、ミツルギとメルも同じであったらしい。
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