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「えっと……?」
「馬鹿、もっと下だ、下。二人の間だ。小さくて見づらいが、二人が手を重ねているように見えるだろう?正確には、クラリスの手が上で、カレンの手が下になっている」
「あ、確かに。言われて見れば」
よくこんな細かいところに気付くものだ。言われてみると確かに、座っている二人はカレンの手にクラリスが手を重ねている印象だ。これも、何かの暗示だということなのだろうか。
「元々は、カレンの自己犠牲をクラリスが半ば誤解する形で嫌っていた……しかしふたり揃って魔王退治の勇者として任命されてしまい、仕方なく旅立った。そういう流れだっただろう?カレンの方もクラリスと距離は取っていたが、どちらかというと嫌っていたのはクラリスの方だった。逆に言えば、クラリスがカレンの在り方を受け入れることができれば、この二人の仲は間違いなく進展するのだろうな、という流れだ」
ミツルギのこういうところがすごいんだよな、とグロリアは思う。リアルでも本の中でも、とにかく登場人物の分析が上手いのだ。人の心を察する、理解することに長けているとでも言えばいいのだろうか。
残念ながら、自分が非常にモテることや、己に向けられる恋愛感情の類には恐ろしく疎いというお約束は発揮してしまっているわけだが。
「ゆえに、これはクラリスが、カレンの心を自らの方から理解し、受け入れることを選び、同時にカレンを守る決意をした現れではないか……と俺は予想している」
「おお」
「さすがミツルギだね。確かに、今まで私達いろんな予想しあったけど、ミツルギの考察が当たってなかったことないもんね。特にキャラクターの心理分析じゃミツルギの右に出る人はいないってかんじ」
「メルはちょっと俺を過大評価しすぎじゃないか?まあ、ありがたく受け取っておくけど」
さて、答え合わせは今日帰ってからだな、とミツルギが言う。これも、新刊を手に入れた日のお約束だった。自分達は本をそれぞれ買って帰って読み、そして熟読した後それぞれの考察と次回以降の展開予想を考えて翌日持ってくるのである。新刊を買った日の二重の楽しみがそれだった。本を読んでまず楽しみ、そして翌日友人達と語り合って楽しむ。これぞ文芸オタクの醍醐味だよね!とグロリアは大きな耳をぴくぴくと跳ねさせて喜んだ。
ちなみに、嬉しいことがあると犬の尻尾よろしく、耳に現れるというエルフは少なくない。特にグロリアは仲間内では“何考えてるかすぐわかる、ポーカーとか絶対できないタイプ”ということで有名だった。果たして褒められているのか貶されているのか。正直だ、と表現すれば褒め言葉として受け取ることもできなくはないけれども。
「!」
ほのぼのとした時間はあっさりと打ち砕かれた。――大広場にある鐘が、突如として鳴り響いたからだ。
「あ……ああ」
メルが青ざめ、怯えて蹲った。隣でミツルギも血の気の引いた顔で鐘の方を見つめている。
平和なエルフ達が住むこの町にある、たった一つの絶対的な掟。
それは、大広場にある鐘が鳴ったら――全住民が直ちに集合し、“天の意思”を仰がなければならないということ。それは、まだ子供であるグロリア、ミツルギ、メルとて例外ではない。
「……行こう、遅れたら、まずい」
一番最初に立ち上がったのは、ミツルギだった。彼はメルを支えると、暗い表情で言葉を口にする。
「グロリア、急ぐぞ。……“神様”が誰を選ぶのかはわからないんだ。万が一俺達の誰かだったら……わかっているだろう?」
「……うん」
グロリアは、何も言えなかった。わかりきった話だからだ。
自分達の町は、鐘一つで一瞬にして地獄に変わる。それが、絶対にしてけして覆すことのできないルール。
広場には、闘技場があるのだ。
全住人の中で選ばれた“二人”は――それがどんな間柄であっても、その意思に従わなければいけないのである。
そう。
命を賭けて、殺しあわなければいけないのだ。
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