序章

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私が夏国(かこく)皇帝の100人目の妾として後宮入りしたのは、つい半年ほど前のことだ。 私の故郷(しゅっしん)は、大陸の中心、宗主であるこの夏国から、はるか北にある辺境の国だ。 といっても、大国がさして欲する価値があるのか分からないほど小さくて貧しく、"国"を名乗るのもおこがましい規模の山あいの(さと)。 にもかかわらず、この夏国現帝は、“忠誠の証し”として、父王のたった一人の娘だった、私を所望した。   詳しいことはよく知らないが、何でも今の夏皇帝は、近隣の国を次々と服従させつつ、領地を拡げている最中だそう。 貧しいながらも皆が助け合って暮らしている平和な郷に、戦禍を招くわけにはいかないと、父王は泣く泣く私を手放した。   そんなわけで、私の立場は(つま)とはいえ、実質『人質』のようなもの。 いわば、『裏切ったら殺すぞ』という、国同士の保険的な存在だ。 かといって私はこの境遇を、別に悲観しているわけでもない。 だってこの時代、王家に生まれた娘は皆そんなもので、ここにいる妃達だって、一部を除けばそんな()ばかりが集められているのだから。 それに、後宮(ここ)での生活は決して悪いものではない。 ここには、故郷にはない、キラキラした珍しいものがいっぱいあるし、洗練された雅なお庭のも、三食もある宮廷料理だって、私の国では絶対に食べられない、贅沢なものだ。 それに、先述のとおり、自分と同じような年頃の女の子がたくさん集められているから、お喋りの相手にも事欠かない。 私たち若い娘は、普段は、花嫁修業と称した宦官達の講義があり、音楽や詩を学びながら、ただまったりと過ごしている。 私も年の近い連中とはそれなりに仲良くやってるし、少し年上のオネエさま方にも可愛がって貰っている。 午前中はその講義を受け、だらだらお昼寝した後は、飲茶でお喋りか、自分の好きなことをしていればいい。 少しの退屈とここから決して出られないことにさえ耐えられれば、言うことはない楽園。   まあ本来、皇帝の子を産んで育てるのが私達『妾』の本業(しごと)なんだけれど、何といっても現皇帝は、齢60を越えるお爺ちゃん。 まさか100人もいる妾の全部を相手にするわけもなく、事実、これまで一度もお夜伽に呼ばれていない()なんてザラにいる。 中には10年間一度もお声がかからなかった、なんて話もあるくらいだ。 だからこそ、後宮の妾の中では最年少の私になんて絶対にお声はかからないって思っていたのに。 ああ憂鬱_____ こんなコトなら、あの胸糞悪い“房中術”とやらの講義も、マジメに聴いとくんだったなあ…
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