2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
最高の休日
「大好きな人の細胞がさー、自分の身体の一部になるって、想像したらたまらないよねぇ。ひとつになれた、って感じでさ」
うららかな休日の昼下がりには些か不釣り合いな言葉をぽつり、と洩らす私、観橋 沙葉(みはし さよ)にすかさず返ってくる声の持ち主は呆れ顔。
「ほんっとヘンタイよねー、沙葉は」
「なによう、アンタだって似たようなもん、ってかやってることは同じでしょー。今日だってそのためにわざわざしがないOLには貴重な休みなのに集まったんだしさ」
「あっはっは、違いないわね!」
友人であり会社の同僚でもある岬 永遠(みさき とわ)は長く綺麗な黒髪を揺らしながらさも愉快そうにからからと笑う。本当に永遠にだけはヘンタイなどと言われたくない。全く不本意極まる。
こっそり心の中で愚痴のようなものを溢しつつ、【その時】に向けて粛々と準備を進めていく。もうすぐだ。もうすぐ。
「えーと、フォークとナイフは準備よし。テーブルクロスも完璧。永遠ー、そっちはどう?」
「ばっちりよ!今持っていくー!」
「OK、運ぶときうっかり落とさないように気をつけて。アンタおっちょこちょいなんだから」
「わーかってる!はい、どうぞ」
「うわぁ....!」
ふわりと立ち上る湯気。
じゅうじゅうと小気味良い音を立てるステーキ肉。
溢れる肉汁。
熱で美味しそうにとろけるバター。
見た目は100点満点の出来、と言って差し支えないだろう。ああ。はやくたべたい。
「じゃ、席につきましょうか」
「はーい」
「うふふふふふふふふ、ようやく、ようやく彼を支配出来る時が来たのね」
「スイッチ入るにはちょっと早いよー。抑えて抑えて。ま、気持ちは解るけどね」
「あ、ごめんー。つい、ね。じゃあ、手を合わせて下さい」
「懐かしいなー、この挨拶。給食の時以外あんまり使わないと思ってた」
「ちょっとー、水差さないでよ!早く早くー」
「はいはい。では早速。いただきます」
「いただきます」
恐る恐る一口。二口。肉の旨味が口いっぱいに広がっていく。
自然と緩む頬と上がる口角を抑えながら、端から見れば酷い顔をしているのではないか、と一瞬心配したものの目の前にあるもう一人の顔を見て心配は無用だと思い直す。彼女のよりは幾分かマシなはずだ。たぶん。おそらく。きっと。
「嗚呼.....――――君....おいしい....」
「ちょっと永遠ー、涎垂れてるよ。永遠ってば。....駄目だ、聞こえてない。もう放っておこう。さてと。私ももう一口食べようっと。あむっ....ふふ....」
――――カニバリズムとは。
人間が人間のおにくを食べちゃう、恐ろしく、おぞましい行為のこと。
一般的に言えば、非人道的な行為のうちの一つ。そして....私の奇特な嗜好のうちの一つ。
と言っても本物の人肉を食べる勇気はないし、犯罪を実行するつもりも毛頭ない。だから【好きな人を食べることで完璧に支配したい(が私と同じく犯罪は実行したくない)】と宣う永遠と共にごく普通の牛肉のステーキを人肉に見立てて食べるのだ。好きな人をゆっくりゆっくり取り込んで、おなかのなかからやがて身体中に好きな人の細胞が浸透していく妄想をしながら。
ああ。
からだのなかで
すきなひとが
とろりとろりと
とけていく。
「最高――――――――」
最初のコメントを投稿しよう!