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プロローグ
とある場所、まだ遅くない時間、人の気配のない廃工場。
「おらぁっ、蹴れ蹴れぇっ!」
「そおらっ、ど~だっ!」
「ゴミガキがぁ、いい加減くたばれぇ!」
そこで複数、ざっと二十人程の、職業も年齢もバラバラな男たちが、一人の少年を容赦なく痛め付けていた。
年齢にしてまだ十代半ば位の少年は、髪が乱れ、全身が砂や泥でまみれた上に痣や傷だらけで、身に着けている衣服も破れが多く、数日間まともな飲食をしていないのか手足はやせ細っており、いつ死んでもおかしくない。彼は、助けてほしいと言おうとしているのか、はたまた命乞いをしているのか、ただ無抵抗で、無言のまま、苦しみと恐怖を込めた眼差しで男たちを見つめていた。
だが、対する男たちが彼に与えたのは無慈悲な制裁だった。何度も少年を足蹴にし、殴りつけた。憎しみと、殺気を込めた拳で、少年の傷と痣を増やし、骨を折り、内臓を外側から破った。
「お前みたいな奴らがいるから、この『国』は壊れたんだ!」
「テメエ等なんか、誰が助けるかよ!」
「こんな奴らのせいで俺は…愛するものを失ったんだ!」
「これは、貴様らに対する『裁き』だ!」
「人間の形なんて、残してやるものか!」
「犬どものガキなんか、さっさと死んでしまえ!」
「この手で、殺してやる!」
「ぐしゃぐしゃにして、殺してやらぁ!」
「死ね!」
「死んじまえ!」
「死んでしまえ!」
男達が殴り、蹴りながら発したその言葉のひと言一言に、少年に対する憎しみと、怒りが込められていた。己の行為を、正義の行いとして嗤いながら足蹴にする者もいれば、喪ったモノの大きさに耐えられず、泣きながら少年に拳を振るう者もいた。
少年の命は、幾度となく暴行を受け続けた末、もはや風前の灯だった。が、それでも男たちは、少年に振るう「裁き」の拳を止めようとはしなかった。男たちは、少年が自分達の手によって死にゆく様を、面白がっていたのだ。
空もまだ暗くないにも関わらず、その場に、誰かが通り過ぎても、誰もその惨状に気づかない。例え気付いたとしても、状況を理解しているのか、はたまたしていないのか、誰一人として少年を助けようとしなかった。
一方の少年もまた、助けを呼ぶことをしなかった…。
「ママァ、ママァって、叫んだって無駄だぜぇっ!」
「お前の事をを助けに奴なんか、ここには来ねぇぜ?」
少年にそう言い捨てる男達の顔には余裕が見られる。
集団から離れること、およそ十メートル向こうには、少年の母親と思しき女性が、犯され、絞められ、刺され、鉄骨に心の臓を貫かれた、無残な姿で磔にされていた。
それでも少年は、救いを求める相手を探す事はなかった……。
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