一:練成者達の出逢い

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 だが、そう長く楽しんでもいられない。  「旦那様、もうそろそろん出勤のお時間では?」  「ん?」  憐に促された父が壁掛け時計に視線を向ける。  現在、午前七時半。  「うぉぉぉぉぉぉぉっ~、母さんの手料理に舌鼓を売っていたらこんな時間か~!」  父がまるで、箱から飛び出したビックリ箱の人形の様に、勢いよく立ち上がる。  「お父さん、急がないと遅刻どころじゃないよ~!もしかしたらお給料減らされたり降格されたりクビになったり…あ~大変だよ~!」  「あ~そうなれば私たちは家を追い出され、何も食べれず飲めず学べず…あれ~大変ですわ~」  「おい、奏様はとにかく、そこの姉、それは少々大袈裟すぎるだろうよ…」  「い~やいや緋壱君、こうも急がなきゃホントに…っといけない、じゃあ、行ってきまぁ~…」  「お父さん、待って」  「あ、ごめんごめん、急いでて忘れてたよ~。はい」  「それじゃ、ん」  チュッ。  父を引き止めた母が、父の頬に口付けをする。  父の顔がほころぶ。  「…そのバカップル振りもいい加減にしてもらわないと、いつかお子様も呆れかえりますよ…」  憐は額に手を当てながら、熱すぎる夫婦の光景に呆れる。  「それに、ハイ。忘れていったら上司の人に怒られるわよ?」  母は、父にビジネスバッグを手渡す。  「ああ、本当にごめん。はは…僕はいつも慌てやすいからね…」  「ホント、ちゃんとしてよ?」と、母は愛する夫の頬に口づけをする。  「じゃ、母さん、歌音、奏、行ってくるよ。あと緋壱君、今日もよろしく頼むよ」  「行ってらっしゃ~い!」  「行ってらっしゃい」  「行ってらっしゃいませ、旦那様」  「毎日の事だけど、くれぐれも気をつけてね。お父さん」  「分かってるって、僕は大丈夫だから。じゃ」  父は、三人に手を振りながら居間から急ぎ足で飛び出していった。  「それでは奏ちゃま、そろそろ部屋に戻りましょうか」  「そうね。では姉さん、お先に」  奏は憐に付き添われ、居間から出て行った。  居間に残った母は家族が平らげた後の食器を台所で洗い流し、歌音は食べ終えたばかりながらも既に元気良く立ち、外出の支度を済ませていた。  「あ、歌音ちゃん、ちょっと」  「ん?」  母が、出かけようとした歌音を引き止める。その手には、綺麗に畳まれた白いナプキンが握られていた。  母は、そのナプキンで、歌音の顔についた調味料汚れを拭う。  「ちゃんとお顔拭かなきゃ、みっともないでしょ?」  「あはは…ごめん」  自分の無頓着さに、笑いながら謝るしかない歌音。  そんな日常の風景をよそに、ピンポーンと、インターホンの音が部屋に鳴り響く。  「あら、誰か来たみたい。ちょっと見て来るわね」  娘の顔を拭き終えた母が、玄関まで急ぎ足で歩いていく。
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