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「お陰で、ニホン人は愛禁法が出来る前の生活が送れてるんだよね…」
「まあ」藍良は、クシャクシャになって捨てられていた紙を拾う。
広げると、黒をバックにした、泣いている裸の…モザイク越しとは言え、本来ある『モノ』が無いため分からないが男児をメインビジュアルに、『ねえ、ぼくのおちんちん返して』のキャッチコピーが書いてある。
「…酷く歪だけどね」
その証拠が、辺りに貼ってある張り紙だ。
見回すと、
「ギブミー・ショーツ」
「ギブミー・ウェア」
「ギブミー・トイズ」
「ギブミー・アニメーション」
「ワンモア・ギブミー・チョコレート」
「死刑を廃止すれば、奴らが増殖(ふ)える」
「かつてのこの国を、返せ」
と、いった張り紙が、掲示板や壁面に並んでいる。
それに混じり、誰かの家族や友人のみならず、事変前に活躍していた有名アイドルや、タレント、スポーツ選手、著名人の顔もあったか、行方不明者の捜索願も、あちらこちらに貼られている。
ゴロゴロと散らばるゴミもそうだ。紙やペットボトルがポイ捨てされているのはまだ分かる。今では本来粗大ゴミやスクラップとして扱われる物までも普通に路上に捨てられている。
業者や有志はそのゴミを片付けようとするが、日中は暴徒が凶器を持って襲撃するので一カ所も清掃できないし、ようやく活動出来る夕方や夜ですら、警察の協力が必要不可欠となる。
「だからあの子もあんなケガすんのよね」
「邪魔する人のせいで片付けるのも夜からだし!」
二人は憤慨した。
それは、遷都された事により、新たな首都となった天正都(てんしょうと)、そこにある自分たちの暮らすこの街…神河区(かみかわく)も例外では無い。
ジパング州の中央に位置するこの地は、今や巨大な経済特区となり、文字通りこの州の中枢を握っている。
そんな重要な地でも、人が破ってはならない、最低限のモラルを守れていないのだ。
半分は生きとし生ける物が存在できぬ世界…通称エリアXへと変貌し、残り半分は『江戸上府(えどがみふ』として、それぞれ残ることとなったかつての首都・東京でも、観光目的で訪れた人間による不法投棄が、頻繁に行われているとも報道されている。
本当は慣れてはいけないのに、これが人の性という物か…。
「まあ、それはそうとして…」
藍良は、歌音に視線を向ける。
「ぴっかりさんかぁ…アレ結構目立つんだよねぇ」
「だって仕方ないでしょ。こうしないと治せないんだから」
藍良にとってはだが、ぴっかりさん…歌音が『能力』を使う時もそうだ。こうしないと、歌音は好気の目で見られ、まともな一日を暮らせなくなる。自分と、今までのように悪ふざけ出来なくなる。こうやって、遊びにも行けなくなるし、誰かの助けにも、応えられなくなる。
藍良は、それが耐えられなかった…。
…しかし、二人に過去や、普段の恒例行事に深けている時間は無かった。
「ねぇ、あいちゃん…時計見て…」
「え?」
何かを思い出した歌音に促され、藍良は動いている壁面時計に目を向ける…。
「「…あーーーーーー、忘れてたぁーーーーーーっ!!」」
本来の目的を思い出した二人は言葉にならない言葉を上げて再び走り出した。
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