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「そっ…そんなっ、誰かウソだと…ウソだと言ってくれっ…!」
周囲を見回した男は目を疑った。仲間だった筈の男たちは皆、一人が不可解な死を遂げただけで、心を取り乱し、殺し合いを始めた末に全滅していたのだ。辺りには、飛び散った血や脳髄が散乱していた。
だが、それだけならまだ良かった。男はある異変に気付いたのだ。もはや、物言わぬ大きな肉片となり果てた男たちの中にも、手足が無かったり、体の一部が腐った果実みたく潰されていたりと、人の形を留めていないものがあった…もし、肉達磨にするとしたら、その時は相当長い刃物が要る。例えば…そう、刀だ。しかし自分を含め、少年を殺しに来た者達が持っていた武器は、銃やナイフ、後はそこらに落ちていた鈍器のみ。刀を持ってきている輩はいなかった。なら、何故…。
ーズバッ、ブシャァァァァァ…。
また、肉の裂ける音と、血しぶきの音がこの辺りに響き、男の思考回路は一瞬停止した。
「うっ…うぐうぅぅぅぅぅぅっ…!」
同時に、男の身体に激痛が走った。男はその痛みに耐えられず、その場に膝を着く。男は痛みが走った箇所を押さえようとした。だが、その部位がある筈の場所に、手を触れようとすると手は空を切り、風の感覚しか感じない。それどころか、生暖かい何かが手のひらにポトリと落ちた。男はその手を己の眼前に運ぶ。
「…血…⁉」
男はその赤黒い粘着質の液体をこれまでに何度も見た。
子供を嬲り殺した時、
最初に仲間が死んだ時、
仲間が殺しあった時、
仲間が全滅した時、
そして、今。
男は血の出所と己の視線を合わせ、またも恐怖した。
「おれの、右腕が…無い…!」
さっきまで「ソレ」が付いていたはずの箇所には、何も無く、骨と繊維状の筋肉がむき出しになっていた。そこからは命の水とも言える、多量の血液が流出し、男の命を徐々にに削ってゆく。
その事実に恐怖に慄く男は更に、信じられないモノを目の当たりにした。
「あっ、ああ…!」
その包んでいる布地からはみ出た、ベージュ色の肉の塊には無数の細い毛髪が生え、先端に薄くて硬い板状の物が生えた五本のフレキシブルな棒も付いていた。
それはもう一つの形を構成する物の、一部ではなくなったと言うことを感じさせない位に、色味もまだ明るかったが、鮮血が一滴一滴と漏れる度白く変色する…、
…男の右腕「だった」ものが、男の足元に転がっていたのだ。
「うっ…う、う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
男は悲鳴を上げた。仲間が死に、自分も腕を失うという、受け入れられない事実を、受け入れなくてはならない現実に、この腕の痛みに。
「どうして、こうなっちまったんだよぉ…何がっ、何がいけなかったんだよぉ…あああっ…」
嘆く男にそれを考える暇は無かった。更に男は、左脚に痛みを覚え、同時にバランスを崩す。今度はすぐ理解した。自分の左脚が無くなったのだと。
直後、男の右脚が彼の身体から離れ、男の体は地に伏した。だがその頃には、男は恐怖のあまり痛みを感じなくなっていた。時間が経過する毎に訪れる死の恐怖に、男は怯えていた。
-ペタ、ペタ…。
そして、自分の視界に入るように歩む、その恐怖を生み出している主の正体を目前にし、驚愕した。
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