第四話

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第四話

 翌朝――。  桃はいつもより早起きをして、いつもどおり一人で登校した。葵は遅刻ギリギリに教室に入って来た。桃の言葉を信じて、遅刻ギリギリまで桃が出てくるのを待っていたのだろうか。それはちょっと自意識過剰だろうか。授業中もピンと背筋を伸ばして座る葵の背中を見つめながら、桃は髪を指先で巻いた。  昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った。桃が立ち上がると、 「綾、お昼にしよう」  明日香がお弁当を持ってやってきた。今日も明日香が呼んだのは綾の名前だけだ。桃の視線に気づかないふりで、明日香は綾の隣にイスを持ってきて座った。 「お腹すいたぁ! ほら、桃も早く!」  机を叩いて急かす綾に苦笑いしてみせながら、桃は心の中ででほっと息をついた。綾が桃の名前を呼んでくれる限りは三人でいられる。明日香も綾との関係は壊したくないはずだから。と、――。 「私もいっしょにいいかしら」  葵がカバンを手にやってきた。綾と明日香をさっと見まわし、最後に桃を見て微笑んだ。 「もちろん! 座って、座って!」  ざわりとする桃の心の内なんて知らずに綾が葵を見上げてにかりと笑った。明日香も頷いた。葵や桃ではなく、綾だけを見つめて。  近くの席からイスを借りてきた葵は桃の隣、明日香の対面に座った。葵が座るなり綾が口を開いた。 「昨日のパンケーキ、おいしかったよね! 生クリームの量、すごかった!」  桃はお弁当箱のふたを開けながら頷いた。 「フルーツもいろいろとたくさん乗ってておいしかった!」  おいしかったと言った瞬間、葵が桃の顔を見つめて眉をひそめた。その表情に桃の胸がざわりと騒いだ。葵は昨日のことを二人に話すつもりなのだろうか。綾と明日香に“おいしいものが食べたい”なんて呟いていたと知られたら。じゃあ、昨日のパンケーキは? なんて聞かれたら――。  綾と明日香との会話が頭に入ってこなかった。黙々とお弁当を食べる葵はあいかわらず桃を見つめていた。黒曜石のようにきれいな目に見つめられて、笑みを作る桃の頬が強張った。 「葵が頼んでたオレンジのもおいしかった?」  不意に綾に話しかけられて葵の視線が逸れた。桃は前髪を撫でながら、ほっと息を漏らした。 「えぇ」  葵は短く答えて、おかずを一つ口に入れた。 「葵ってご飯食べるの遅いよね」  綾が葵のお弁当箱をのぞきこんで笑った。言われてみると桃たち三人はほとんど食べ終わっているのに、葵はまだ三分の一ほどしか食べていなかった。 「昨日のパンケーキも一番に食べ始めたのに、食べ終わるのは一番最後だったよね」 「もしかして一人っ子? 桃も最初、遅かったよね!」  明日香と綾が笑うのを見て、葵は箸を置いた。座りなおして背筋を伸ばしたかと思うと、 「まわりばかり気にして、すぐに飲み込んでしまうから何を食べたかわからなくなってしまうのよ」  葵は静かな声で言った。綾でも明日香でもなく、桃を見つめて。桃が目を逸らすことも誤魔化す言葉も思い浮かばずに固まっていると、 「葵って真面目だよねぇ!」  綾があっけらかんとした声で笑った。明日香も少し遅れて同意するように笑い声をあげた。 「そんなに真剣に食べなくても大丈夫だって! おいしいものが好きって言ってたけどさ、みんなで食べればなんだっておいしいじゃん」 「まぁ、確かにそうだね」  綾がしたり顔で言うのを聞いて、明日香が頷いた。明日香の笑顔を見つめて、桃は瞬きした。確かに、そうかもしれない。夏休み前は綾と明日香といっしょに食べれば、なんでもおいしかった。違う。楽しかった、のだ。でも今は違う。今は――。
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