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「みんなで食べればなんでもおいしいわけじゃないわ。誰と食べるか。それってとても重要なことよ」
葵は綾と明日香を真っ直ぐに見つめて言った。そして、
「ねぇ、桃。そうでしょ?」
桃に顔を向けると、葵は目を細めた。微笑んでいるようにも、今にも泣きだしそうにも見える葵の表情から目が離せなかった。
「今日のお昼はおいしかった? おかずがなんだったか、覚えてる?」
桃を見つめて葵が問いかける言葉に、桃の胸がざわりと騒いだ。
――その言葉……。
うろ覚えだけど記憶の片隅に残っていた。幼稚園の頃、桃自身が言った言葉だ。“あおくん”の手を取って、何度も、毎日のように聞いた言葉だ。
近視感と不安感。今すぐにでも葵の胸に飛び込みたい衝動と逃げ出したい衝動と。桃はぎゅっと自身のスカートの裾を握りしめた。
「なにそれ。桃は私たちといっしょに食べてもおいしくないってこと?」
不安感と逃げ出したい理由は、これだ。
綾の低い声に桃はゆっくりと顔をあげた。綾は目じりを釣り上げて、奥歯を噛みしめていた。ここは教室だ。クラスメイトの目がある。だから必死に堪えているのだ。四人だけだったら早々に金切り声をあげていただろう。
「そんなことは……」
「言ってないって? 言ってるでしょ、今のは完全に」
綾は机に頬杖をついて、葵の目をのぞき込んだ。
「言ってないけど思ってるって感じだよね」
明日香が静かな口調で綾に加勢した。葵のことも桃のことも見もせずに、明日香はさっさとお弁当箱を片付け始めた。睨みつけてくる綾を、しかし葵は平然とした表情で見つめ返した。それが余計に綾の神経を逆撫でしたのだろう。綾はぐっと唇を引き結んだ。
「桃はどう思ってるの? こいつが言うとおり、桃も私たちといっしょに食べるのが嫌だったわけ!?」
桃を睨みつけた綾の顔は紅潮していた。桃は勢いよく首を横に振った。
「そんなこと……!」
あるわけがない。確かに最近、三人で食べても楽しくなかった。葵が言うとおり、味がしなかった。でもそれは二学期に入ってからの明日香の態度のせいだ。桃自身は綾と明日香といっしょにお昼を食べたかったし、ずっと友達でいたかった。だからどうにかしようと、どうにかしなきゃと考えていたのに――。
「ほら、桃はこう言ってるじゃん!」
綾が身を乗り出して葵を睨みつけた。綾が桃の言葉を信じてくれたことにほっとした。同時に葵への罪悪感に、綾からも葵からも目を逸らして俯いた。それがまずかった。
「でもさ、葵さんって桃の幼馴染なんでしょ?」
明日香がお弁当箱を手にイスから立ち上がった。桃を見下ろす明日香の目は冷たい。今まで綾の前では見せなかったのに、今は隠すこともなく桃を睨みつけていた。
「昔からの友達で、仲の良かった子にうっかり本音を話しちゃったとかあるんじゃない?」
「違……」
「それを必死に誤魔化そうとしてるって可能性もあるでしょ」
明日香を見上げ、桃はゆるゆると首を横に振った。だが桃を無視して、明日香は綾に向かって微笑んだ。
「最近、桃が上の空なときがあるって綾も言ってたじゃない。そういうことだよ、きっと」
明日香の言葉に桃は正面に座る綾に顔を向けた。明日香を見上げていた綾も桃に顔を向けた。目が合った瞬間、綾は唇を噛みしめて顔をくしゃりと歪めた。今にも泣きだしそうな綾の表情を見て、わかった。二学期になってから三人の関係がおかしくなっていることを綾も勘づいていたのだ。桃とは違う見方だったとしても心配して、どうにかしなきゃと思っていたのだ。
「行こう、綾」
明日香が綾の腕を引いた。次の授業は体育だ。更衣室に向かうつもりなのだろう。
「待って、私も……!」
桃も慌ててお弁当箱を片付けようとして、葵に手首をつかまれた。叱りつけるような葵の顔を見つめ、泣き出しそうな綾の顔を見つめ、桃を視界に入れようともしない明日香を見つめ。桃は窓の外の青空を見上げた。秋の空は夏の空よりも青が薄い。
綾と明日香が体操服を抱えて教室を出ていくのを見送ってから、桃はゆっくりと息を吐きだした。これで完全におしまいだ。ギリギリのところで完全に傾かずに済んでいた関係は揺らいで、崩れてしまった。なんでこんなことになったのだろう。そんなの決まってる。
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