第一話

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 十月の第一月曜日。教室に入ってくるなり担任が言った。 「転校生を紹介します」  それを聞いて立石 桃は心の底から転校生に同情した。  高校一年の二学期も半ばという時期だ。すでに文化祭も終わり、クラス内の人間関係はできあがっていた。初日はちやほやされるだろうけど、それ以降はどうなることか。同情とエールを込めて力いっぱいの拍手を送った桃だったが、  ――同情するだけ損した。  入ってきた転校生を見た瞬間、その拍手は一気におざなりなものになった。 「辻 葵です。よろしくお願いします」  転校生は美しい仕草で一礼した。ストレートロングの黒髪がさらりと流れた。顔をあげて白く細い指で耳の後ろに髪を掛ける仕草すら、見惚れるほどにきれいだ。クラスメイトも同じように感じたのだろう。男子どころか女子までもが感嘆の息をついた。 「辻さんは小学三年生までこのあたりに住んでいたそうです。その後、イギリスやフランス、シンガポールに転校し、日本に戻って来ました。もしかしたら小学校が一緒だった人もいるかもしれませんね。皆さん、仲良くしてあげてください。辻さんもわからないことがあったら積極的に聞いてくださいね」 「はい」  担任の言葉に、転校生はにこりともしないで頷いた。そんな態度すらも高嶺の花とか深窓の令嬢とか言われて許されてしまう雰囲気を転校生は持っていた。  ――おめでとう、転校生。  桃はくせっ毛でミディアムボブの自身の髪を指先でくるりと巻きながら、心の中で祝福の言葉を送った。転校生――葵のクラス内での立ち位置は安泰だ。クラスメイトたちの憧憬のまなざしが物語っていた。すぐに友達もできるだろう。  桃は窓際の一番前の席に腰かけた葵の、そのすぐ後ろに座っている女子の背中を見つめた。明日香はショートボブの髪を揺らして、葵に一言二言声をかけていた。  ――何、話したんだろ。  桃は頬杖をついて目を伏せた。そうだ。桃には転校生にかまけている余裕なんてないのだ。
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