第二話

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第二話

 放課後――。  担任が解散の号令を掛けるのと同時に葵と明日香が勢いよく立ち上がるのが見えた。 「綾、行こうか」 「さ、パンケーキを食べに行きましょ」  大股でやってきたかと思うと明日香は綾に、葵は桃に満面の笑顔を向けた。二人の態度を気にした様子もなく、 「私は綾。で、こっちは明日香。よろしくね!」  綾は葵に向かってひらりと手を振った。 「辻です、よろしく」 「よろしくね、辻さん」  明日香も綾にならって微笑んだ。葵と明日香の表情はなんだかぎこちない。桃はハラハラしながら二人の顔を見つめた。 「じゃあ、行こっか! ほら、早く!」 「綾、そんなに慌てなくても平日なら並ばずに入れるよ」  跳ねるような足取りで廊下に出た綾の隣に、当然のように明日香が並んだ。三人ならいいけど、四人で並んで歩くには廊下は狭い。自然、桃は葵と並んで歩くことになった。桃は前を歩く二人の背中を見つめて、自身の髪を指先でくるりと巻いた。胸がざわざわして居心地が悪かった。  ふと視線を感じて顔をあげると、葵が桃をじっと見下ろしていた。昼休みに話したときは葵が座っていたからわからなかったけれど、葵は背が高い。170cmくらいあるだろうか。150cmちょっとの桃が見上げようとすると、ちょっと首が痛い。 「えっと……」  何か話さなきゃと桃はまわりを見回した。だが桃が話題を見つけるよりも先に、 「パンケーキ、楽しみね」  葵が言った。見つめ返す桃と目があった瞬間、葵が微笑んだ。そんなにパンケーキが楽しみなのだろうか。ずいぶんと嬉しそうに笑う葵につられて、 「うん」  桃はぎこちなくではあるが微笑んで頷いた。葵が正面を向くのを見て、桃も同じように正面を向いて歩き始めた。前を歩く綾と明日香が楽しそうに喋っているのを見ても、さっきほどは心がざわついたりはしなかった。ぽつりぽつりと葵と話しながら学校を出て、桃たちは駅へと向かった。  桃たちが通う高校のまわりは住宅街で人通りも少ない。でも一駅移動すると途端ににぎやかになる。表通り沿いの店はどこも女子高生たちで賑わっている。カラフルで可愛い洋服や文房具、デザートが並んでいて見ているだけでも楽しい。  ただ、いかんせん込み合っていて、はぐれないで目的地まで辿り着くのも一苦労だ。桃は人にもみくちゃにされながら綾と明日香の背中を追いかけた。葵はと言えば目立つ容姿のせいか、人の方が避けてくれるおかげですいすいと歩いていた。  ――美人は得だなぁ。  葵を避けた人たちに押されて流されそうになりながら桃はため息をついた。人波を掻き分けてなんとか三人に追い付こうとしたけれど、 「あっ」  正面から歩いてきた女子高生とぶつかってしまった。小さな悲鳴を上げてよろめいた桃の腕を、人のすき間を縫ってすっと伸びた腕が掴んだ。 「何やってんのさ、桃!」  桃を引き寄せて綾がにやりと笑った。 「桃はちびだから気を付けないと。流されてすぐに迷子になっちゃうよ!」  綾はけらけらと笑いながら桃を抱きしめた。 「うるさいな。これから伸びる予定だもん」  葵ほどではないけれど、綾もすらりと背が高い。伸びる予定と見栄を張ってみたものの、両親や親せきを見る限りあとは横に伸びるだけだ。こちらも立派に成長している綾の胸から顔をあげて、桃は仏頂面でそっぽを向いた。  にやにやと笑う綾の背後で冷ややかな表情を浮かべる明日香と目があった。明日香は桃の視線に気が付くと露骨に顔を背けた。 「綾、人通りの多いところで立ち止まったら迷惑だよ」 「はーい! 早く行こ、お腹すいてきちゃった」  明日香に腕を引かれて、綾は桃を開放すると歩き出した。明日香も綾の隣にぴたりと並んで歩き出した。 「綾、これ見て」  通りから店の中を指さして明日香が微笑んだ。綾が好きそうなちょっと不細工な、おっさん顔の犬のぬいぐるみが棚の上に山積みになっていた。 「お、可愛い! あの不細工な感じ、すごいいい!」 「だよね」  案の定。綾は手を叩いて大笑いした。満面の笑顔を浮かべる綾を見上げて、明日香はうれしそうに目を細めた。桃に向ける表情とはずいぶんな差だ。綾に笑いかける明日香の横顔を見つめ、桃は指に髪を巻き付けた。  夏休み前までは三人仲良く、うまくやっていたはずなのに。二学期に入ってから明日香は桃を避けるようになっていた。お昼にしようと声をかけるときも、さっきのように注意をするときも。綾と桃と二人でいても、明日香が名前を呼ぶのは綾だけ。  ――私、なにかしたかな。  夏休みが明けてから何度も自問自答を繰り返したけれど答えは出なかった。明日香本人に直接、聞いてみればいいのだとわかっていても怖くて聞くことができなかった。  短く息を吐いて顔をあげると、 「綾さんと仲がいいのね」  なぜか葵が唇を尖らせていた。 「辻さん、どうかした?」  どうして葵が不機嫌そうな表情をしているのだろうか。これはすんなりと聞くことができた。 「別に。知らない」  でも残念ながら理由を聞きだすことはできなかった。ツンと顔を背ける葵を見上げ、桃は首を傾げながらもくすりと笑っていた。美人が子供みたいに拗ねているようすは同性から見てもかわいい。
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