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第三話
パンケーキの店を出て駅に着くころには空は夕焼け色になっていた。この駅からだと綾と明日香は、桃とは逆方向の電車に乗ることになる。
「葵の家はどっち方向?」
ホームへの階段を上がりながら綾が尋ねた。
「桃と同じ方向よ。私の家、桃の家の隣だから」
葵の答えに目を丸くしたのは綾と明日香だけではなかった。桃が空き家だと思っていた隣家はずっと葵の家の物だったらしい。
先に来たのは綾と明日香が乗る電車だった。二人に閉まるドア越しに手を振って、ホームを出ていく電車を見送った。綾は大きく両手を振ってくれた。明日香も小さく手を振ってくれたけど葵に向けてで、やっぱり桃とは目を合わせてはくれなかった。
二人が乗った電車が見えなくなってすぐに桃と葵が乗る電車もやってきた。電車に乗り三つ隣の駅で降りて家までの道を歩いているあいだ。子供の頃とはあちこち変わったわね、とか。あそこの家はなくなってしまったのね、とか。葵がぽつぽつと話し、桃もぽつぽつと返した。話す内容はいくらでもありそうだけど急いで話すこともない気がした。
桃は星が見え始めた空を見上げ、ほっと息をついた。吸い込んだ息はひんやりとしていた。
桃が自宅の門扉を開けると、葵も当たり前のように隣の家の門扉を開けて入っていこうとした。玄関の表札にも“辻”と書いてあるのを見て、
――本当にあおくんなんだ。
今更のように実感が沸いてきて、桃はじっと葵の横顔を見つめた。桃の視線に気が付いたらしい。葵は足を止めて微笑んだ。
「桃、明日の朝は何時に待ち合わせる?」
当たり前のように尋ねる葵に、当たり前のように返そうとして――桃は口をつぐんだ。
葵が桃の家の隣に住んでいると言ったとき、綾と明日香は揃って目を丸くした。綾は葵の肩を掴んで、どういうことなのかと声を弾ませて尋ねていた。でも明日香は葵と桃の顔を見比べたあと、何かを考えるように目を伏せた。次に明日香が顔をあげた瞬間、微かに浮かんだ口元の笑みを桃は見た。
明日香が何を考えて、笑みを浮かべたのか。桃にはわからなかった。ただ桃は綾と明日香といっしょに三人友達のまま高校生活を過ごしたかった。でもたったそれだけのことがとても難しい。
桃は葵から目を逸らした。
「私、いつも遅刻ギリギリに家出るから。待ち合わせは無理」
葵の返事も聞かず顔も見ずに桃は玄関に駆け込んだ。
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