14人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
暮井九郎は死んでいた。
もちろん、肉体的な意味ではない。
社会的な意味で。
精神的な意味で。
大学は中途半端に辞め、バイトも2か月前に辞めた。
家賃2万の安アパートに一人暮らし。
虎の子の金を食いつぶし、無い金を娯楽に費やす。
部屋を出るのは、切れた煙草を買いにコンビニによるくらい。
深夜。
今日も煙草を買いにいつものコンビニに向かう。
(面倒だ)
面倒くさい。
(しんどい)
体が重い。
(死んどい)
死ねばいいのに。
煙草を購入し、ついでにトイレを借りた。
用が終わり手洗い場で手を洗う。
鏡に映った自分の顔はまさに死人。
(よく小説に、死んだ魚の目しているとか――)
(光を失っている、なんて表現があるけれど――)
(ありゃ嘘だな)
他人となんら変わりない。
普通に光る、普通の人間の目。
比喩表現なのだから当たり前だが。
九郎は無意味に鏡に手を当てる。
(吸い込まれた先は不思議の国でした――)
なんてことはあるはずもなく。
残ったのは指紋のみ。
(帰るか)
帰れば、待つのは、怠惰な日常。
ただ普通に帰るのもつまらない。
ふらふらと深夜の街を徘徊する。
知らない道。
知らない路地。
知らない場所。
知らない袋工事に辿り着いた時。
九郎の目の前には黒い球体が浮かんでいた。
なんなのだろうこれは。
奇妙で。
不可思議で。
得体の知れない。
卵)
エイリアンが生まれ惨殺。
化け物)
喰われて瞬殺。
扉)
異世界への――扉。
特に警戒心は無かった。
喰われようが。
食われようが。
その他だろうが。
なんだってよかった。
心が求めていたのは。
ただ、異常な事だから。
だからこそ、あっけなく――未知の物体に触れた。
球体は赤い光を放つと巨大化し、九郎の体を飲み込んでいく。
(2番が正解かな)
九郎の視界は闇に支配された。
最初のコメントを投稿しよう!