月明かりは頭痛に効かない

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「お月さま、はやく食べたいなあ」 妹は、キラキラした瞳でそう言った。私は思わずため息をつく。この話は、もう数え切れないほど聞いている。 「まんまるでさ、お団子みたい。うす焼きせんべいかも。どっちにせよ、見てたらお腹が鳴っちゃう。甘いのかな、しょっぱいのかな。あーあ、食べたいなあ」 一言一句変わらない言葉に、頭が痛くなる。私の気持ちなんか知らないというように、彼女は月に手を伸ばした。広々とした公園に、煌々と輝く月明かりが、降り注いでいる。私の苦労をバカにするかのように妹を魅了する月。怒りを通り越して、忌々しさすら湧いてきた。 「もう、いい加減にして。まだ月には行けないって、何回言わせるのさ」 「おねーちゃんだってそればっか! 地球のエネルギーを食べてれば、100年くらいで行けるって行ったのに!」 頬を膨らませる妹に、またため息が漏れた。このくだりも数え切れないほどやっている。つくづく学習しない子だ。頭がずきりと痛む。 「来るのが遅すぎたの。人間たちがエネルギーを使う速度が、昔よりも速くなってた。前も説明したじゃん」 「もー! はやくお月さま食べたいのにー! おねーちゃんの意地悪!」 彼女は、ぷいとそっぽを向いてしまう。まったくそんな気は無いのに、妹には意地悪をしているように見えたらしかった。 拗ねてしまったこの子の機嫌を取り戻すには、もうこれしかない。私はポシェットから、鉄の棒を取り出す。それを見て、妹はすぐに顔を明るくさせた。本当に現金な奴だ。 くるくると、月に向かって棒を回す。きらきら、きらきら。月明かりが纏わり付いて、ふわふわの糸になっていく。どんどん大きくなる。大きく、大きく。辺りはゆっくり暗くなっていく。暗く。暗く。 公園を照らす月明かりがなくなり、街灯の輝きになったとき。私の手には、きらきらと金色に輝く、綿飴のような菓子が出来上がっていた。妹がぴょんぴょんと飛び跳ねる。こういうだけ可愛いんだから。 「ほら、今は月明かりで我慢しな」 「はーい。はやくお月さまを行きたいなー! 光だけでもこんなに甘くて美味しいんだから、きっと本体はもーっと美味しいよね!」 「地球のエネルギーが、月に行くまでの力を得るまで持てば良いけどねえ」 妹はもう、菓子に夢中だった。空を見上げると、月明かりがぼんやり戻ってきている。星の光が、それに反比例して、暗くなっていく。あの中に、私たちの故郷はあるのだろうか。 『月を食べる』という使命が果たせるのは、いったいいつになるのやら。しばらく帰れそうにない故郷の星を思いながら、私はまたため息をついた。
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