27人が本棚に入れています
本棚に追加
「冬になる前の月は、きれいだね」
女店主は、タバコをもう一本咥え、私とめーちゃんと一緒に、本箱に背を向けて、しばし月の柔らかな光を眺めた。
その4週間後には、雪が降った。学習机の下で足を擦り合わせては、勉強の手をとめ、窓の外を眺めた。雪がガラスを叩き、暗い夜空に強い風が吹き荒れていた。めーちゃんも私もテスト勉強に忙しく、月光書店に行こう、とはお互い言わなかった。こんな冷たいつむじ風の夜に、本屋が開店しているとも思えなかった。
結局、中学を卒業するまで、月光書店に行くことはなく、私とめーちゃんの間でときどき、また行きたいね、と言い合うだけの存在になった。
雪解けとともに私は札幌へ、めーちゃんは旭川へ進学した。
帰省のタイミングがあったのは最初のゴールデンウィークだけで、あっという間に大学進学の季節を迎えた。
めーちゃんがオーストラリアの大学を受けると風の噂で聞いた。英語はそんなに得意じゃなかったのに、と私は驚き、ちくりとした寂しさを感じた。
めーちゃんから見ても、札幌で友達のできた私は、少し遠い存在になっていただろう。お互いの世界が、別々の窓を開いていき、いつの間にか、違う景色のなかにいた。
札幌で知り合った子のなかに、地元のとなり町出身の子がいた。
女子のグループのなかでも大人びた雰囲気で、私のことを気に入り、何かとおしゃべりに花が咲いた。
ある日、どこの本屋が好きかという話になり、
「深夜の本屋、来なかった? 駅前に車に本を積んでくるの」
と尋ねてみたが、
「え、なにそれ? たこ焼き屋さんみたいだね」
と笑われてしまった。
笑いながら、めーちゃんのことを仄かに思い出した。あの時のマドレーヌの味も、月を見上げたときに浮かべていた、どこか切ない笑顔も。
そういえば、あれ以来、月が黄色く見えたことがない。あれは、何がどうなって、黄色く見えていたのか。考えてもさっぱりわからず、いつの間にか、疑問自体を忘れていった。
最初のコメントを投稿しよう!