かぐや姫のラブレター

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 こんなにたくさんの人を警備に送ってくださって、、なんとかして私を地上に留まらせようとしてくださったんですね。。  けど、それは許してもらえないんです。月からの迎えは、絶対私を連れて帰ります。私だって悔しいし、悲しくてたまりません。。。  私は物心付いた時には、自分が他の人と違うって気付いてました。他の子より背が伸びるのが早いっていうのもそうだけど、何より、みんなが楽しそうにしている時でも、私は全然、楽しいと思えなかったんです。  何をしても、苦しさばかり感じてました。おなかが空けば苦しいし、食べ過ぎても苦しい。動き回れば疲れるし、じっとしてても体が痛いし。。  人はみんな嘘や打算ばかりで、自分の事しか考えない。日常生活でもそうですし、都の外では、貧しく飢えて亡くなる人もいれば、強盗や殺人だって起きてる。。そういう事を聞くたびに、私は絶望的な気持ちがしていました。  人が嫌いだっただけじゃありません。生きものだって延々と殺し合っているし、天気や四季の移り変わりだって、私は好きじゃありませんでした。暑いのも寒いのも苦しいし、それが目まぐるしく変わっていって、体は休まる暇もないじゃない、って。  私はずっと、この世は何かの罰を受けてるんじゃないか、って思ってました。極め付けが、体が子供から大人になった時です(詳しくは書きませんけど)  父が何か知っているって事は、この頃から気付いてました。周りの人も父の怪しさにうすうす気付いてたでしょうね(笑) 実は父は、自分の竹やぶから黄金の入った竹を何本も見つけていたんです。けどそのせいで、父は猜疑心の塊になってしまいました。これだって、「貧乏なら苦しいし、お金持ちになったらなったで、また苦しい」って思ってました。  まあそれはどうでもいいんですけど。それから、父が秋田さんって人に頼んで、私は「なよ竹のかぐや姫」って名前になりました。で、バカ騒ぎの宴会を三日もやって、その最後の夜、父から話があったんです。  私はこの世の普通の人間として生まれたんじゃなくて、ある晩、三寸くらいの大きさで竹の中にいたのを、父が発見したらしいです。ありえないですよね(笑) でも、それが私なんです。  そんな私の気持ちはお構いなしで、命名の宴会以降、私を手ごめにしようとする男たちが、家の周りに四六時中現れるようになりました。私は何より男が嫌いでしたし、そいつらの目的は私の体と世間の評判って分かりきってるんだから、なおさらです。私は全部無視して、部屋の中で本を読んだりお経を写したりしていました(笑)  けど、それでも一年以上あきらめないしつこい男たち、、あえて求婚者って言っておきますけど、それが五人だけいました。みんな身分の高い人だからあなたも知ってるでしょうし、二人はあなたの叔父さんですよね。  父は口も八丁手も八丁で私を説得にかかりました。「男女が結びついてこそ家も栄えるんだ」とか何とか。  冗談じゃないって、私は本気でゾッとして、「なんでそんなことしなくちゃいけないのよ」って言いました。けど父は、年寄りにありがちな、「わしらはもう長くないぞ」みたいに言ってきました。  私は考えました。そこで、例の悪ふざけを思い付いたんです。  悪ふざけって言っちゃいましたけど、けどあの時は本気で求婚者たちを、徹底的にコケにしてやりたいと思ってしまってたんです。。だからあえて、五人に別々の宝物を探させたり、場所もそれぞれ離れさせたり、身分によって微妙に難易度に差がありそうにしたり。。。  その辺からの話はあなたもよく知ってるでしょうから、かいつまんでしか書きませんが、、石作の皇子は見た目も根暗っぽかったけど、やることもいかにもで、ただその辺の鉢を拾ってきただけ。はっきり言って最低でしたね(笑)  同じ皇子でも、庫持の皇子は器が違いました。いや、クズはクズなんだけど、嘘の大きさが違ってて、私はちょっと本気で負けたと思って後悔しました。私はもともと、私が言った五つの宝物が本当にこの世にあるとは、思ってませんでしたし。(ただ本で読んだだけなんです)  けど結局、あの庫持の皇子ってのは、平気で嘘をついて人を利用する人なんですよね。だからばれるべくして嘘がばれたって感じです。そういえば途中で、父が二人用の布団のしたくまでし始めたのは引きました。。  右大臣は金持ちのボンって感じで、まあいかにも騙されそうですよね。でも、毛皮自体は珍しくて結構綺麗だったな。  大納言はいかにも武の人で、頭の中まで筋肉でできてそう。失敗して私の事をののしってるそうですが、恐怖と疲労で体を壊されたのは、気の毒だと思ってます。  だから、中納言さんが、梁から落ちた怪我が元で亡くなったのは、私にとっても辛い事でした。五人の中では一番真面目そうな人でしたし、最初は笑い話のようだっただけに、余計にですね。。  私は中納言さんの死を知って、悲しみました。けど、それは、今になって思うような、深い後悔とは違うものでした。  人というのは、何かを得ようと乞い願って、その結果、命まで失うことになるという、そういう人間の業みたいなのを、哀れに思って、そして、ひどく動揺したんです。それで私は、こんな苦しみと悲しみだけの世界に、これ以上留まりたくないって思いました。その時でした。  夜だというのに、部屋の中が妙に明るい気がしました。私は顔を上げて、空の月を見つめました。もともと私は、醜いこの世の中で、月だけが美しいと感じていて、夜はいつも、憧れみたいな思いで月を眺めてたんです。  話を戻すと、その夜の月はとても明るくて、怪しく光ってて、私は目が離せませんでした。すると、私の頭の中に、声が聞こえてきたんです。  声は、言いました。私はもともと、月の都の、身分のある人間である事。月にいる時に、ある罪を犯して、罰としてこの地上に落とされた事。そして、間もなく刑の期間が終わるので、月の者が私を迎えにくる事です。  私は喜びました。そして、今まで私が、この地上は何かの罰なのかと思っていたのが、正しかったとも知ったんです。  あなたが私の家に人をやり始めたのは、その後すぐの事でした。私は当然、なびくはずがないですよね(笑) けど、この国の人にとっては、帝であるあなたのお呼びを断る方がありえない事で。。父もひどい言い方で非難するから、私もかなりきつい返事をしたりしてしまいました。。  けど、あなたはずるいです。突然家に入ってくるんだから。他の女の子はそういうのも、うすうす期待してるのかもしれないけど、私は普通の女じゃないんだから、正直言って、恐かったです。だから、思わず正体をばらすような事を言ったり、挙句にカッとなって光になっちゃったり。。。ちなみに、光に変化するのは、月の人とのやり取りの中で教えてもらってたのです。  でも、これであなたはうろたえたりすると思ってたのに、そうじゃなかった。あなたは潔かったし、自分の身分も忘れて、ただ私の姿をもう一度見たいと頼んできた。だから私は、姿を見せました。  でも今にして思えば、そうするべきじゃなかったのかもです。だって、そうしなければ、今、こんなに切ない気持ちには、ならなかったに決まってるから。。  その日、帰る時からですね。あなたは私に、いくつもの歌を詠んでは送ってくれました。私は初めは、良くできたあなたの歌に対抗する気持ちで、返事を作ってました(笑) けど、あなたの数々の歌や、一緒にくれた草花を見るうちに、私は、今まで分からなかった事が、少しずつ分かってきました。ううん、、分かろうともしなかったんだと思います。  それは、色取りどりの四季の美しさ、人間の日々の営みや知恵の美しさ、それを愛でる人間の美しさ。  変わってしまい、消えてしまうからこその美しさ、愛おしさ。苦しみがあるからこその人のたくましさと、喜び。  かけがえのないこの世界、かけがえのない周りの人々、かけがえのない私自身、そして。。。  今ここで、私は書きます。月の人が言うには、私が天上で犯した罪とは、人を愛し、乞い願った事なのです。  けど今の私は、苦しいほどに人を愛する事を、罪だとは思っていません。私はもう、この世を罰だとも、醜いとも、離れたいとも思っていません。  私が月で恋した相手は、あなたなんです。  信じられないと思うでしょうね。月の人がそう言ったんです。私には月にいた時の記憶がありません。けど、彼らが言うには、私は月からこの地上の様子を見て、この美しい国の気高い王であるあなたに、恋をしたというのです。  彼らにとっては、一度記憶を消して私を汚らわしい地上に落として、その上でもう一度私とあなたがやり取りする仲になるなんて、考えもしなかったんでしょう。だからこそ絶対に、彼らは私を月に連れ戻すつもりなんです。  今、父に入れられた物置きの中で、これを書いています。もう間もなくでしょう。月の人には神通力があります。この国の人のどんな武器も勇気も、役には立ちません。この国の人々のような情けも、月の人にはありません。ただ、やるべき事をやるだけなのです。  時間です。。とうとう、あなたのおそばに仕える事ができないでしまいました。それも、私がこんなめんどくさい身だからです。。今まで不可解だと思ってたでしょうね。強情にお呼び出しを拒否して、無礼なやつだと思われたままかもしれないのが、私は心残りです。。   いまはとて 天の羽衣着る折ぞ  君をあはれと思ひ出でける  今、私が天の羽衣を着る時が来ました。そんな時になって、あなたを愛しいという思いが、私の中から、止めどなく溢れ出てくるのです。。。
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