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第一章
1
「え、えぇと…み、皆さん!」
季節は夏。
蝉の鳴き声、照りつける太陽、うだるような暑さ。
流れる汗、そして…
「あ、明日から!
夏休みですっ…ね!」
そう、夏休み。
先日めでたく俺こと海真桐人は、色々あったぎ期末テストで無事赤点を回避する事が出来た。
後は夏休みを待つばかり。
で、今はと言うと。
真夏の蒸し暑い体育館に全校生徒が一同に介すると言う言葉にするのも暑苦しい集会。
もとい、一学期の終業式に参加している最中なのである。
「みっ…皆さんは…わ…我が校の生徒と言う自覚を持ち、せ…せちゅどを持ったっ…!」
あ、噛んだ。
あぁあ…お気の毒に…。
そのせいで、さっきまで周囲から出ていたはよ終われオーラが一瞬ですっ飛ぶ。
そこから誰か一人が吹き出したのを皮切りに、辺りからどっと笑いが巻き起こる。
「おー!良いぞー!ちなっちゃん!
もっとやれー!」
「ははは、どんまいー!」
そう言われたちなっちゃんは顔を真っ赤にしてぷるぷる震えながら、今にも清水の舞台…いや…流石に誇張し過ぎか…。
体育館の舞台から飛び降りそうな勢い。
まぁ…ここまで話しを引っ張ったからには彼女の事を説明しない訳にも行くまい。
ちなっちゃんこと大神千夏さんは、俺達が通う公立白神高校の校長(臨時)だ。
前任の校長、大神正信は彼女の祖父。
大病を患ってつい最近入院し、後任の先生が決まるまでの間だけ臨時で校長になった…らしい。
と言うのも、これが俺達一般生徒が聞いているそうなった経緯なのだ。
それ以上の詳しい話しは分からないのでそれに関する説明は割愛させてくれ。
「し…静かにしなしゃーい!」
あ、また噛んだ。
臨時ではあれど一応校長な訳だが、見た目はとても若々しい。
20代半ばくらいでストレートな薄い赤毛のロングヘアー。
非常に端正な顔立ちで、出るとこもしっかり出てて…。
割と美人な部類に入るのだろうが、なんと言うか校長と言うにはあまりにも威厳が足りていない。
今日だってこう…気合いを入れてバシッとスーツで決めてきました!ドヤぁってスタイルなんだろうけど…。
この暑いのにわざわざ無理するから超汗だく。
緊張しいなのも手伝ってか、冷や汗とガチ汗まみれ。
そのせいで顔の化粧が落ちてしまって悲惨な事になってるし、暑さと恥ずかしさで真っ赤になってる。
その上自慢のロングヘアーはきっちりセットして来たのだろうにボサボサ、と大変お見苦しい姿になっておられる。
あとそうだ、一部の生徒(俺を含め数人)が見てる前で盛大にずっこけておでこには痛々しい大きなたんこぶが出来ていたり。
いざ舞台に立って話そうとすればマイクがキーンってなったりとベタなドジっぷり満載で。
…ここまで話せばそろそろお分かり頂けたと思うが…彼女、ちなっちゃんは…まぁその、いわゆる残念な人なのである。
本人はいつでも気合い充分なのに、それが全部空回りしちゃう感じの面白…ゲフン…可哀想な人なのである。(ちなみにこれは本人の前では絶対に禁句だ。
言ったら清水の舞台どころか清水寺の展望台から飛び降りかねない。)
でもけっして悪い人ではないのだ。
繊細でただちょっとぽんk(ryゲフン…不器用なだけなのである。
生徒にはそこそこ愛されていて、一応校長なのに親しみを込めて(ちなっちゃん)と言う愛称で呼ばれているし。
「聞けぇぇぇぇ!そして私をちなっちゃんって呼ぶなぁぁぁぁぁぁ!」
…まぁ生徒達がどれほど親しみを込めてそう呼んでいても本人がその呼び名を認めてるかと言うとそう言う訳でもないのだが…。
「私の事は校長かっこ臨時かっことじると呼べぇぇぇぇ!」
あ、臨時もいるんだ。
てか…かっこは一々読まんで良いだろう…。
涙目で絶叫するちなっちゃん。
あ、なるほど。
かっこ付けて泣きたいお年頃なんですね、分かります。
「はぁはぁ…。
な…夏休みは…。」
あぁあ…叫んだから余計に汗かいてるし…。
見てられん…。
カンペらしき物を睨み付けながら、無理矢理続けようとする彼女。
「い…今の学年で迎えられるのは一度きり…。
そしてこの学校で迎えられるのは三度きり…。
特に三年のなちゅ休みはとても大事な時間です。
これを無駄にすると私の…んん!?」
生徒全員、いや…教師陣全員も今同時に同じように、んん!?ってなったぞ…?
なんだこのライブのような…それなのに全く中身の無いどうでも良い一体感は…。
と思ったら小声でブツブツ言っているちなっちゃん。
「あのじじいがあのじじいがあのじじいがあのじじいが…!」
うん、聞き間違えであってほしい…。
「こ…こほん!
そのまま放っておくと!
大変な事になりますよ!?」
あれ…?ついさっきまで夏休みの注意の話だった筈なのに何故か急に某医学番組の決まり文句みたいになったぞ…?
無理矢理言い換えた感ダダ漏れジャマイカ…。
多分たまたま昨日見たテレビから土壇場で引用したな…。
「うおマジか!」
「やべーどうしよう!」
お前らも本気で返すんじゃない!
そう言う優しさが逆に傷を抉る時もあるんだぞ…。
「良いかぁぁぁぁぁ!
お前らぁぁぁぁ!」
そう言ってさっきまでチラ見…いやガン見していたカンペを力任せに投げ捨て、彼女は叫ぶ。
「うおぉぉぉぉぉ!」
会場、もとい体育館の盛り上がりは最高潮。
あ、これただのライブじゃなくてアイドルのライブだったわ…。
そのまま踊り出したり光る棒振り回したりしそう。
あ、ちなみにあれの名前サイリウムって言うらしいぞ。
豆知識だよ!!
「夏休みはぁぁぁぁぁ!」
おっと?ここでバシッと決めるか?
頼りのカンペを手放し、自らの言葉で語ろうと息巻く彼女の目は真剣その物。
思わずその場に居た全員が息を飲む。
「爆発だぁぁぁぁぁ!」
そう叫んで倒れる彼女。
あぁあ…無理するから…。
と言うか芸術でもなく夏休みでもなく爆発したのは彼女の脳内だろう…。
あとはついでにさっきからキンキン言ってる俺の耳か…。
声デカ過ぎだろう…。
そのまま、担架で運ばれていくちなっちゃんを見送り…。
「あーえっと。
以上です…。」
と、さっきまでヒヤヒヤと舞台袖で事の顛末を見守っていた教頭が締める。
いや…最初からあんたが出ろよ…とは誰も口にしないながら全員、(他教師含め)思っていただろう…。
と言うかさっきの(いじょう)は勿論こっち(以上)の方ですよね?
間違っても(異常)の方じゃないですよね?
それだと流石にちなっちゃんが不憫になってくるよ?
信じて良いよね…?
とまぁこんな感じでグダグダに終わったが、ジワジワと歓声が上がり始める。
「うおぉぉぉぉぉ!
遊ぶぞぉぉぉぉ!」
「夏休みだぁぁぁぁぁ!」
ジワジワとまるで蝉の鳴き声のように夏休みを迎えたと言う実感が俺にもだんだん伝わってくる。
「キリキリ~それちっとも比喩になってないよ~…。
ただジワジワと蝉の鳴き声を無理矢理重ねただけじゃん。」
こいつの名前は染咲木葉。
まぁ一応クラスメートでありホラー研究会の部活仲間。
ちなみにその副部長だ。
「うっせ、大体こう言う文章はこっちの人には普通見えないんだぞ…?」
「まぁ、そんな事はどうでも良いんだよ。」
ちょっと?無理矢理メタなツッコみ入れてきた癖に随分と切り捨てんのあっさり過ぎるだろww
「キリキリこの後暇だよね?
答えは聞いてない。」
「…ならなんで疑問系にしたなんてツッコまんぞ…?」
と言うかお前はどこぞの変身ヒーローか…。
「良いから良いから~木葉を信じて~。」
「地味に古いネタ持ち出しやがって…。
お前は何の犬の冒険だよ…。」
「一旦荷物置きに帰ってから千里っちも呼んで、ソイゼ集合ね!」
「聞けよ!?」
「うわ~…この人面倒くさいな~…。」
「どの口が言うんだ…。
お前にだけは絶対言われたくねぇよ…。」
「え、何?もしかしてこれから予定あったりすんの?
リア充なの?爆発するの?させてあげようか?」
「待て待て…。
せんで良いせんで良い…。
それに生憎リア充になった覚えも無い!」
俺が自棄になって叫ぶと、
「キリキリ、リア充の定義って本人じゃなくて周りが勝手に決める物だからね?」
と、冷めた口調で現実を突き付けてくださった…。
「何それ怖い。」
「それで?実際どうなの?予定。」
「いや…無いけど…。
無いけど…。」
くぅ…言い返せるような言い訳も無ければ夏休み丸々予定が無い自分の惨めさよ…。
でもいざ無いよね、と決めつけられたらさ、反論したくなるもなるだろう…。
そんな俺の気持ちを読者諸君は分かってくれるだろうと信じたい…。
「何の話をしてるの?」
と、ここでそう声をかけてきたのは幼馴染の前村千里。
「お、ちょうど良かった。
千里っち~この後予定ある~?」
ちょっと?千里さんの答えは普通に聞くのかよ…?
「あ、うん大丈夫だよ。
何かあるの?」
それに快く返事を返す千里。
うん、まぁ千里が行くなら俺も行かねばなるまい。
こいつのせいで千里が変に毒されたらシャレにならんからな…。
「相変わらず失礼だな~…。」
本人はただの勘だって言ってるが…こいつ本当に心が読めるんじゃないかってぐらいに毎回ほぼ核心を付いてくるんだよなぁ…。
「まぁ良いや、今は秘密~!
荷物置いたらソイゼ集合ね~。
あ、あとカニカニも呼んどいて~。」
「へいへい…って、そう言うお前は何処に行くんだよ?」
俺達に要件を言うだけ言って、そのままさっさとその場を去ろうとしていたから呼び止める。
「え、何処って…残りの二人を拉致りに行くんだけど。」
かと思えばそんな事をさらっと言ってのけるのだ。
「待て待て待て…。
何白昼堂々犯罪宣言してんだお前は…。
あ、でも白石は許す。」
「桐人君…それは流石にちょっと酷いんじゃ…。」
「そうですよ先輩!!何ちゃっかり僕の拉致を認めてんすか!?」
「おう、なんだ居たのか。」
後輩の白石隆太。
木葉と同じく部活仲間だ。
「居ましたよ!と言うか今明らかに気付いてるのにスルーしてましたよね!?」
「あーキコエナイキコエナーイ!」
「絶対気付いてる!」
「見ぃ付けた~…。」
そしてその存在に気付いた木葉は、まさに獲物を見付けた肉食獣のような形相で白石に襲いかかる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
哀れ白石…。
追いかけられて全力疾走する白石を見送りながら、一息吐く。
「本当サンキュウな、千里。」
「え、そんな…それくらい当然だよ。
その…忘れられてたのはちょっとショックだったけど…。」
「うぐっ…そ、その節は本当にすいませんでしたぁぁぁ!」
えぇ、認めますとも。
俺が無事に夏休みを迎えられたのは…もとい無事に赤点を回避できたのは、千里のおかげが八割だ。
千里がテストの前日まで親切丁寧にマンツーマン!
…ではなくとても丁寧に分かり易く教えてくれたから。
本当、最初からこうしとけば良かったと心から思っております、忘れたりして本当にすいませんでした。
で、残りの二割は光のおかげだろう。
一応改めて紹介しとくと、光は現在訳あって我が家に居候してる死神の使いの少女である。
どう言う訳か俺の事を気に入っているらしい死神に、俺の事を見守るようにと命じられてこないだ我が家にやってきた。
だと言うのに戦闘能力は一切無し。
敵が来たら逃げますよーなんて言ってやがる。
基本見た目も中身も普通の小学生っぽいのに、実はフランス語ペラペラだったり、たまに死神の使いらしい真面目な一面もあったりと実に多面性のある奴だったりする。
そんな訳で彼女には英語を教わった。
フランス語を良い発音で話してるのは先日見たが、英語もまた文句の付け所が無い程でとても勉強になった。
「あ、おい蟹井!木葉が後でソイゼ集合だってよ。」
「ん?おう。」
体育館を出ようとしていた俺の親友であり、クラスメイトであり、ホラー研究会の部長でもある蟹井健人に声をかける。
「お前なんかあいつから聞いてるか?」
部長だし何か知ってるかも、と聞いてみると。
「いや?でも多分合宿の事じゃね?」
「あ…そう言えば。」
言われてみたら、こないだ木葉がちらっと言ってた気がする。
ん?でもそれって多分ホラー研究会のって事だよな?
「え、でも私はホラー研究会のメンバーじゃないよ…?」
俺が感じた疑問と同じ事を思ったのだろう千里がそう呟く。
「おいおい~ネタばらしは御法度だぜ~兄ちゃん。」
その声に三人で一斉に振り返ると、紐付き手錠…いや、これは体錠になるのか…?
デカ過ぎるそれに体をバッチリ縛られて身動きがとれない白石を引き連れた木葉が居た。
口にはチョコパイプ。
意味深な鹿撃ち帽。
綱を引いてない方の手には虫眼鏡。
何?最近探偵ネタにはまってんのか…?
「キリトン君、さっきこの近くで私を見なかったかい?」
「なんだその俺の名前を無理矢理助手っぽくした名前は…。
それに今まさに会ってるわ…。」
と言うかそれもはや助手じゃなくて教授の方がしっくり来る名前じゃないか。
「馬鹿野郎!
そいつが金城だ!」
「いやお前は何型警部だよ…?」
「いやぁ、白石はこの通り確保したんだけど、金城さんが見付からないんだよね~。
で、千里っちを呼んだのはさ、千里っちも呼ぼうと思ったからだよ~。」
「え、良いの?」
「もっちろん!
折角だし皆で行った方が楽しいじゃん♪」
「蟹井、良いのか?」
一応本来の部長である蟹井にそう問うと、
「うーん、まぁ今回合宿の企画を出したのこいつだしなぁ。」
などと言って苦笑い。
「なるほど…。」
おいおい…その内こいつに部長の座を持って行かれるぞ…。
「まぁとりあえず~。
あとは金城さんだけなんだけど…。」
「あぁ…待て待て。
金城さんは俺が連れてくるからお前は先に行ってろよ。」
こいつに行かせてまた変な誤解を与えでもしたら余計に来なくなるだろうしなぁ…。
「ん~じゃ、任せた~。」
しばし考えてからそれに従う木葉。
「あ、私も行く。」
と、千里。
「んじゃ、後でな。
俺は妹に手土産渡してから行くわ。」
「おぉう。」
哀れ…蟹井。
「ところでそのパイプチョコは何だよ…?」
蟹井を見送り、一応気になった事を木葉に聞いてみる。
「え、小道具だけど。」
それにさも当然のようにそう答える木葉。
「…お菓子じゃなくてか?」
「あはは~そうとも言う~。」
「お前はどこぞの五歳児か…。」
「いや~それ程でも~。」
「やっぱりじゃないか…。」
その場で一旦解散し、俺と千里は金城さんを誘いに、もとい説得しに行く事となった。
「それにしてもキリキリ大丈夫かな~…。
ま、千里っちも居るし大丈夫か。」
と、俺達が去った後に木葉は一人ごちた。
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