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5.ガラスの靴で
どこで馬車を拾おうか、と城下を歩いているリオンの耳に蹄が地面を蹴る音が近付く。
「そこの男、止まりなさい。髪の長い貴方よ。そう、貴方。なんか透明の変な靴履いた貴方」
前方に回り込まれ、リオンは足を止める。馬上から見下ろしてくるのは王女様だ。
「貴方、もしかしてリオン・ヴェルレーヌではなくて」
「どうして私の名前を」
馬から降りると、王女はリオンにぐっと近づいた。今宵の月を落としてしまったかのような、美しい瞳にリオンが映る。そうして、王女は髪を掻き上げて右耳に光る耳飾りを見せた。紫色の石が埋め込まれている。
――ぼくのお母様のものなんだけど、きみにあげるから。これで、いつでもきみとぼくだって分かるでしょ。
「分かった。貴方だって。ねえ、リオン。お家が大変って聞いたけれど大丈夫」
「……シャルロット?」
「ええ、そうよ」
「王女様だったの……?」
いたずらに成功した子供のようにシャルロットはにやりと笑う。
「侍女達の間をすり抜けて遊んでたの。びっくりした?」
「した」
「わたし、日付が変わると同時に隣国の王子に嫁ぐって発表されるの。でもあの人嫌い。政略結婚が大事なのも分かるけれど……」
シャルロットはリオンの手を取った。細くて小さな白い手が、家事で疲れ切った手を包む。そしてそのままリオンのことを引っ張り、体勢が崩れたところ目掛けて顔を近付けた。柔らかな唇がリオンの頬に触れた。
驚きを隠せないリオンを見てシャルロットはまた笑う。
「それにね、わたし貴方が好きなのよ。ずっと待ってた。貴方もでしょう?」
「強引なところは変わらないな」
「ねえ、リオン」
十二時を告げる鐘が鳴る。王宮の方から賑やかな声が近付いてくる。王女様はどちらだ、という声が聞こえた。
「わたしを連れて行って」
日付は変わってしまった。しかし、リオンの魔法はまだ解けていない。まだ、灰まみれではなくて王女様の幼馴染だ。
「そのガラスの靴でわたしを連れて行ってちょうだい、リオン」
月の美しい夜だった。
紫色の石が二つ、仲良く並んで光っていた。
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