3.魔法使い

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3.魔法使い

 月の綺麗な夜だった。新しいドレスをふりふりと見せびらかしながら、継母と義姉達は呼びつけた馬車に乗って王宮へ出発した。父に夕食を届け、リオンは一人リビングの椅子に腰を下ろす。 「もし、もしもし」  窓を叩く音と共に声が聞こえ、ぼんやりとしていたリオンは顔を上げた。今度は玄関のドアが叩かれる。 「もしもし。もしもし」 「は、はあーい。少々お待ちを」  こんなところに、ましてやこんな時間に誰が来たのだろう。恐る恐るドアを開け、リオンは少しだけ顔を外に出す。 「こんばんは。リオン・ヴェルレーヌさん」  そこに立っていたのは軽薄そうな見た目の若い男だった。街の遊び人のように着崩した格好にリオンは唖然とする。何よりも目を惹いたのは男が羽織っている薄い水色のコートである。裾は破れ、土に汚れ、しわしわだ。仮にも貴族であるこの家を訪れる服装ではない。自分の現在の姿を棚に上げ、リオンは男に怪訝な目を向ける。  二人は向き合ったまましばし沈黙する。月が雲に顔を隠したのを合図に、男が口を開いた。 「俺は魔法使いです」 「魔法使いって、昔話に出てくるあの魔法使いですか」 「いかにもそうである。ふふん」  リオンはドアを閉める。閉めようとした。しかし、男は足を玄関の中に突っ込んでそれを阻止した。ドアに手を掛け、強引に開けさせる。  この世に魔法などという便利なものがあってたまるか。リオンは不審者を睨みつける。昔話に登場する魔法使いが本当にいるのならば、魔法で助けてほしい。しかしそんなうまい話があるものか。魔法など作り話だ。 「本当なんですよ! 俺は魔法使いなんです!」 「いい加減にしろよ変質者!」 「酷い。いつも頑張っているリオンさんにご褒美をあげようと思って来たのに、酷いです」 「いつも……」  変質者は大きく頷いた。 「いつも見ていますよ、貴方のこと。困難に見舞われても、貴方は自分を見失わずに頑張っている」 「やっぱり不審者なんですか」 「いや……。俺は……。……ああ、もう。こんな話で時間を取るわけにはいきません。貴方、舞踏会に行きたいんでしょう」 「行きたいです。けれど、私には着ていく服なんてないですし、お義母様達に頼まれたこともありますし」  男はよれよれのコートを翻した。 「今度いつ行けるか分からないのだから、今日行くしかないでしょう! 行きましょう、リオンさん!」  そして、肩から提げていた鞄をリオンに差し出す。コートが宙に舞った時、男の背に白い翼のようなものが見えた気がしてリオンは目を擦ったが、次に見た時には男はローブをしっかり羽織っていて、だらしなく開けられた正面から遊び人風の服が見えているだけであった。  促され、不審に思いながらもリオンは鞄を開ける。大きな鞄の中から出てきたのは煌びやかな服だった。幼い頃着ていたものと似ているそれを見て、リオンはぱあっと笑顔を浮かべる。 「それを着て舞踏会へ行くといい。下の方に靴も入っていますから」  金の刺繍が光る服を手にリオンは男を見る。 「貴方は一体何者なんです」 「だから魔法使い……。……それは俺の父が貴方の実の母から預かったものだそうです。子供が大きくなった時、自分は傍にいてあげられないかもしれない。代わりに届けてほしい、と。命の恩人である貴方の母親のために恩を返したいと俺の父は言っていました」  幼い頃に聞いた鳥の話と一瞬見えた翼のようなものを結び付けようかどうしようかと思いながら、リオンは魔法使いを名乗る男を見つめた。嘘かもしれない。しかし、こんな嘘をついてもこの男が得するとも思えない。今は言われたままを受け止めるしかないだろう。 「会いたい人がいるんでしょう? リオンさん」  渡された服に着替えてリオンが玄関から出ると、魔法使いは王宮の方を指差した。 「時計の針が十二時を回った時、貴方の魔法は解けてしまいます」 「どういうこと?」 「十二時を過ぎてしまったら、貴方はただの灰まみれに戻ってしまうから……」
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