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4.舞踏会の夜
優雅な音楽が奏でられ、豪華な食事が振る舞われ、人々は光そのものを纏ったかのような格好で過ごしていた。招待状は持っていかれてしまったため手元になかったが、父から預かったヴェルレーヌ家の紋章が施されたペンダントを見せると王宮に入ることができた。突然舞踏会へ行けるようになったと言いだしたリオンに驚いた様子だったが、久方ぶりに見せる笑顔で父は子を見送った。引き攣ってはいたものの、全く笑っていないよりもいいだろう。
踊りながら継母と義姉達のすぐ傍を通りかかっても、気が付かれることはなかった。すっかり汚れた姿に慣れてしまっていて、見たことのあるはずの綺麗な姿を忘れてしまったのだろうか。
途中で辻馬車を拾ったが、リオンが辿り付いた頃には舞踏会は佳境に入っていた。数人と踊っただけで、会場はもうクライマックスである。義姉を含めた場の若い女達は我こそはぴったりの相手であると王子に熱い視線を向けている。眩しいほどの美貌を湛える王子の顔をちらりと見て、リオンは会場を歩く。
あの日、あの時、一緒に遊んだ子。忍び込むような子だったが、身形を見れば相手もそれなりの家の子だということは分かった。この舞踏会にも来ているかもしれない。リオンの頭の中には、王子様や彼を狙う女達のことは入ってこない。
ぐるぐると歩き回って、歩き疲れたリオンはベランダに出た。夜風が長い髪を揺らす。いつもはぼさぼさだが、今宵は襟の辺りで一つに束ねている。妖しい動物の尾のようにゆるりゆるりと動いていた。
「ああ、疲れた」
「うふふ、そこの方。大丈夫?」
先客がいたらしく、リオンは声を追って左を向く。
フリルとレースの塊が手すりに手を載せて風を浴びていた。金色の髪がふんわりとしていて、大きな目はいたずらっ子のようにきらきらとしていた。かわいらしい少女だな、とリオンは思う。どこの御令嬢だろう。訊ねようと少女に近付いたリオンの目に、外壁に取り付けられた時計が見えた。十一時四十分。十二時になったら魔法が解けてしまう。
「わたくしは、この舞踏会嫌なの」
「そうなんですか」
「だって、日付が変わると同時にわたくしはわたくしじゃなくなってしまうのだもの」
月明かりを受けて少女のドレスの至る所で光が散った。金や銀の糸だけでなく、宝石までも織り込まれているのだ。幼い頃に見惚れた貴婦人達でも、ここまで豪奢なドレスを纏っている者はいなかった。
「王女、様……?」
「そうよ。綺麗でしょう。このドレス。お父様がね、特別に作らせたの。でもわたくしは嫌いなの、これ」
「似合っているのに」
「嫌なのよ。だってこれはわたくしを……。わたしを送る包み紙なのだから。お姫様はプレゼントよ」
かわいそうって、笑っていいのよ。王女がリオンに向き直る。その時、一際強い風が吹いて二人の髪を揺らした。王女の髪はふわふわを保っていたが、リオンは隠れていた耳が露わになる。紫色の石が光った。
「貴方、それ……」
「あっ、ごめんなさい! 時間が!」
呼び止める声を聞かずにリオンはその場を後にした。リオンが王宮を走り出た直後に、馬に跨ったふわふわも王宮を飛び出した。
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