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第十一話 王子の告白とささやかな宴
夕食は、ささやかな宴になった。宿の食堂を借り切って、私、兄のフェアナンド、騎士のマイノとワルト、ラウリン、アーレ王国の騎士たち、ネッカーに住む兄の友人ふたりで、白ソーセージにかぶりつく。
ラウリンは内気な人だが、アーレ王国の騎士たち、――特にリアムは陽気で明るい。すぐにシュプレー王国の私たちと打ち解けた。楽しくおしゃべりをして、食も酒もよく進む。
「すばらしき男装の姫君に乾杯!」
リアムが酔っぱらった赤ら顔で、機嫌よくビールをあおる。私はすでにスカート姿だったが、リアムは私を気に入っているようだった。昔、フェアナンドから、
「人の見た目の美醜は、国や時代によって変わる」
と言われたことがある。兄は正しかった。リアムの目には、私は美人に映るらしい。私は産まれて初めて、美人扱いされていた。リアムからちやほやされて、結構うれしかった。
宴の終わりごろになると、ラウリンが食堂の隅の方で、私とフェアナンドにこっそりと打ち明けた。
「昨夜、寝苦しくて、暗い中に目が覚めた。そしたら裸のリーナ王女が、ベッドで寝ている俺に乗っかっていた」
そのときのことを思い出したのだろう、ラウリンはぶるりと震えた。顔も青い。私は妹の蛮行を軽蔑した。到底、許せない行為だった。
「俺は怖くて、リーナ王女から逃げた。寝室から出ようとすると、彼女は『私は朝まで、あなたのベッドにいる。私を見たら、ミラは怒るだろう』と告げた」
ラウリンは、ベッドから出ていってくれ、服を着てくれと頼んだ。けれどリーナは動かない。さらに自分を抱けを要求する。
「嫌だ。できない」
「分かった。ならば私はずっと、ここにいる。明日の朝、ミラがどんな顔をするのか楽しみだわ」
私とフェアナンドに嫌われる、軽蔑される。ラウリンはそう思った。
「誰に何を言い訳しても無駄。よそ者の外国人であるあなたの言葉を、誰も信じない。あなたはもうミラを裏切っているの」
ラウリンは絶望して、日の出を待って城から出た。王都の宿でリアムたちと合流して、故郷への道をたどった。街で私を見つけたときは、心底、驚いたらしい。いつの間にか、リアムがラウリンの隣にいて話を聞いていた。彼は顔を赤く染めて、怒っていた。
「その女、許せねぇ! せめて一発なぐらないと、気が済まない」
無意識なのか、彼の手が腰に下げた剣に伸びている。フェアナンドはまゆをひそめた後で、冷静に話した。
「君の気持ちは分かる。だがリーナに制裁を与えるのは、私に任せてくれないか?」
「なぜですか? 俺はアーレ王国の騎士として、わが国の王子に手を出せばどうなるのか、その女に思い知らせなければなりません」
リアムは引かない。彼には、ラウリンを守る騎士としての矜持がある。
「私はミラの兄として、ラウリンの友人として、リーナに報復を与える。さらに彼女は、国益を損ねる存在だ。今、現に友好国であるアーレ王国の騎士を激怒させている」
兄の底冷えのする声に、私はぞっとした。
「私は世つぎの王子として、リーナを排除しなければならない。血のつながった妹とはいえ、今まで彼女に甘すぎた」
今回の件で、フェアナンドはリーナを見限ったのだろう。リーナには、カペー王国の王子との縁談が来ていた。フェアナンドはそれを断るにちがいない。あの妹は、カペー王国で問題を起こしかねない。
リアムは怒り迷いながら、フェアナンドをにらんだ。リアムの肩に、ラウリンは右手を置く。
「フェアナンドは、アーレ王国にとってもシュプレー王国にとっても正しい判断を下す。視野が広く、賢い王子だ」
ラウリンの言葉に、リアムは肩の力を抜いていった。
「君がそう言うなら、そうなのだろう。フェアナンド王子を信頼して、彼に任せる。俺は何もしない。この件について他言もしない」
「ありがとう」
フェアナンドはリアムにほほ笑む。リアムは笑いかえしてきた。事態が丸くおさまって、私もほっとした。リアムはラウリンに向かって言う。
「大国を背負う世つぎの王子同士だからかな。フェアナンド王子とシャルル王子は雰囲気が似ている。年齢も近い。シャルル王子は二十八才だから」
シャルルは、カペー王国の優秀な跡取りだ。そして彼の妻は、ラウリンの姉だ。ラウリンはリアムに同意した。
「フェアナンドとシャルルは、すぐに仲よくなれる。話も合うだろう」
故郷の人がそばにいるからだろう。ラウリンは安心して、よく笑う。シュプレー王国の城にひとりでいたときは、やはり緊張していたのだろう。氷の美貌だった。
「フェアナンド、シャルルに会いにカペー王国へ行かないか? 君はカペー王国語も話せるだろう。俺は姉の結婚披露宴のために、カペー王国の城へ行ったことがある。きれいで華やかな城だった」
ラウリンは気軽に誘った。しかしフェアナンドは首を振る。
「十年前まで戦争をしていた国だ。簡単には、カペー王国へは行けない。シャルル王子に会いたいとは思うが」
兄は残念そうだった。フェアナンドにもシャルルにも、立場がある。気軽に会えるものではない。ましてや兄は、シャルルが提案してきた縁談を断るつもりだ。だがラウリンは、大丈夫さという風に笑った。
「すでに俺がシャルルに、『フェアナンドはまじめで、信頼できる』と手紙に書いて送っている。だからいつでも、シャルルに会いに行けばいい。シャルルもフェアナンドに会いたがっている」
え? とフェアナンドの顔は引きつった。私も息が止まる。今、ラウリンは何と言った?
「君は、シュプレー王国からカペー王国へ手紙を送ったのか?」
フェアナンドはあせって問いかけた。
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