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番外編 ミラは浮かれている
おそらく妹のミラは初めて、美人扱いされたのだろう。ネッカーの宿屋でのささやかな宴で、リアムからちやほやされて、ミラは浮かれていた。もちろん、ラウリンをつかまえた喜びもあるだろうが。
私、――フェアナンドは少し離れた場所に立ち、そんな妹を見ていた。私はもっと、ミラはきれいとほめるべきだったのかもしれない。けれど、そんなことを言っても、ミラがみじめになるだけだ。私はそう思って、口にしなかった。
(実際に異母妹リーナの容姿は、ミラより優れている。中身の未熟さを補えるほどに、彼女は美しく華やかだ)
さらにリーナは、自分がより美しくなるための努力をかかさない。ドレスも髪型も、彼女はこだわる。ひとつたりとも気を抜かない。リーナは文句なしに、王国一の美女だ。そんなリーナと比べると、ミラは地味だった。
たださきほどからミラをほめたたえているのは、夫となるラウリンではなく、ラウリンの幼なじみの騎士であるリアムだ。なのにミラは浮かれている。ラウリンもうれしそうだ。
(これでいいのか? 本来ならばラウリンがミラに美しいと言い、リアムは遠慮すべきだろう)
しかし口下手なラウリンが、ミラをうまくほめられると思わないが。そしてリアムは、女性をおだてるのがうまい。常識人の私には理解できない状態だが、ミラもラウリンもリアムも楽しそうなので、これで問題ないのだろう。
ラウリンの護衛騎士のうちのひとりが、私に近づいてきた。彼は確か、騎士たちの中で最年長のノランだ。最年長とは言っても、二十代の若者だが。
「姫君を見ているのですか?」
彼は優しげにほほ笑んでいる。私は苦笑した。
「妹にかまい過ぎていると、自分でも分かっているが」
ノランは軽く首を振った。あなたの気持ちは分かっているというように。
「ラウリン殿下がミラ王女に求婚したのは、つい二日前のことだと聞きました」
ノランは、ゆっくりと穏やかにしゃべる。陽気なリアムとも、内気なラウリンともまたちがう。彼の瞳は、急な話で気持ちが追いつかないのは分かりますと伝えてくるようだ。ノランはリアムを見て、しょうがないなと微笑した。
「リアムは、はしゃぎすぎています。彼の無礼を、お許しください」
ノランはていねいに謝罪した。
「構わない。ミラは喜んでいる。彼女はアーレ王国で歓迎されそうだ。私は兄として、君たちに感謝している」
「ありがとうございます」
ノランは柔らかく笑う。
「グレータ王妃殿下は男装して、少数のともの者たちと国境の山脈を越えました。リアムの父は、そのともの者たちのひとりです」
彼の話に、私は驚いた。
「彼は、グレータ様個人に忠誠を誓う騎士です。今でもグレータ様の命令しか聞きません。アーレ王国の城の中で、彼だけはテルミニ王国の騎士服を着ています」
彼はアーレ王国の女性と結婚して、その女性がリアムを産んだ。リアムは、一番仲のいいラウリンの騎士となった。ただリアムは父のまねはせずに、アーレ王国の騎士のかっこうをしている。
「男装したミラ王女が現れたとき、『三十年ほど前、グレータ王妃殿下もこんな風にアーレ王国へ来られたのか』と感動しました。私でさえそうなのですから、リアムの目にはもっとミラ王女が輝いて見えたでしょう」
父がグレータを守り国境の山脈を越えたように、自分はミラを守り国境のロイン川を越えるのだ。
「そうか」
私は、機嫌よく酒をあおるリアムを見た。彼がミラに喜ぶのは当然と思えた。リアムには真実、ミラが美人に思えるのだろう。本気であなたは美しいとほめるリアムに、妹は救われている。
「あと、すべてのテルミニ王国人がそう、というわけではありませんが」
ノランは少し困ったように笑う。
「テルミニ王国男は、ひたすらに女性をほめて口説くと言われています。リアムは父親に似て、女性をほめるのがうまいです」
「そうか……」
私は遠い目になった。テルミニ王国男はナンパなイメージがある。そして南国の陽気なイメージもある。リアムはそれらのイメージどおりらしい。免疫のないミラは、見事にのせられている。
「申し訳ないです。一言申し添えますが、リアムには恋人がいます」
ノランは私に気を使ったのだろう、リアムにその気はないと教えてくれた。
「それにアーレ王国では、『祭の日に着飾る娘より、家で静かに仕事をする娘を嫁に選べ』と言われます。田舎なので、まじめで悪目立ちしない娘が好まれるのです」
私には、おしゃれをして祭を楽しむ娘も内気さゆえに祭に参加しない娘も、どちらも好ましいですが、とノランは言う。
「みずからをハデに飾りたてないミラ王女は、アーレ王国にとって理想の姫君です」
私は再び苦笑した。
「そこまで言われると、ちょっと困るな」
しかしシュプレー王国よりアーレ王国の方が、ミラには合っているのだろう。妹が遠くへ嫁ぐことはさびしいが、ミラが幸せになれるなら、私はそのさびしさに耐えられる。ノランはほほ笑んだ。
「アーレ王国の王都まで、危険な旅路ではありません。けれど私たちの命に変えても、姫君は守ります」
「ありがとう」
私は笑った。だがさびしさが、ますますつのってきた。人前で涙を見せるつもりはないが。それでも鼻の奥がつんとする。
「妹をよろしく頼む」
私の大切な妹だ。ミラが産まれたときから、彼女を守り愛してきた。ミラは予想外に、アーレ王国に嫁ぐことになった。つい数日前まで、誰も想像していなかったことだ。ロインの川を越えて、彼女は幸せになる。私はそれを、笑顔で見送るのだ。
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