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第六話 大国からの縁談と王女の決意
父はフェアナンドの言葉にうなずく。兄はさらに言う。
「リーナは、純潔を保った未婚の女性です。ラウリンとの間に何もなかった」
カーリーンはほっとしたようだ。リーナは泣き続けている。
「そうだな。お前の言うとおりにしよう」
父はフェアナンドの提案に満足したらしい。国王は父だが、すでに主導権は頭の回る兄が握っている。王族として国益を第一に考えているのは、父ではなくフェアナンドだ。カペー王国との間に戦端が再び開かれないように、一番、心を砕いているのも彼だ。
父は困ったことがあれば、すぐにフェアナンドを頼る。だから、もっともらしく「お前は世つぎの王子だから、城を留守にするな」と言うのだ。
「私は秘密裏にラウリンを探します。カペー王国の件は、また後日、父上と相談します。向こうも、すぐに返事が来ると考えていないでしょう。私が対応しますので、父上は何もしないでください」
フェアナンドは、はっきりと言う。
「分かった。そうしてくれ」
父は従順に従う。カーリーンは不服そうにまゆを上げたが、黙っていた。父はリーナに優しく声をかける。
「泣かないでくれ。すぐに顔の手当てをしよう。お前のとりえは、外見の美しさだけだからな」
カーリーンは、うきうきとしだした。
「あなたはカペー王国の王子と結婚するの。私もあなたも、カペー王国語を勉強した方がいい。大陸一華やかなカペー王国の王宮へ行くのだから」
「相手にしていられない。行くぞ」
フェアナンドが私にささやく。私たちは寝室から出ていった。
ラウリンの部屋から出ると、フェアナンドは兵士たちにラウリンの捜索を命じた。私は兄の居室で、彼とともに報告を待つ。フェアナンドはずっと私の肩を抱いていた。だから私は取り乱さずにすんだ。
「ラウリンは目立つ容姿をしている。すぐに目撃者が見つかるだろう」
フェアナンドは、私をいたわるように話しかける。私はうなずいた。兄はまよってから、また口を開いた。
「昨夜、ラウリンとリーナの間に何があったのか分からない。だが、ラウリンを責めないでほしい。彼は被害者だ」
「分かっている」
私は、つとめて冷静に答えた。もちろん頭では理解している。けれどラウリンの部屋のベッドが、脳裏にちらつく。ネグリジェを着た妹の姿も。リーナは私から彼を奪い取ったのだ。
昨夜、何があったのか、私は気にしている。もしもラウリンがこの場にいたら、私はおろかにも彼を責めたのかもしれない。私が思い悩んでいると、ひとりの兵士が部屋にやってきて、ラウリンの消息を伝えた。
「夜が明けてすぐに、『故郷へ帰る』と言い、旅装姿でひとりでひっそりと城から出ていったそうです。門番の兵士は不審に思ったそうですが」
彼を含め城に勤める兵士たちは、ラウリンがリーナに迷惑しているのを知っていた。なのでリーナを避けて、国へ帰るのだろうと納得したのだ。そしてラウリンのために、彼の出奔を誰にも報告しなかった。
私と兄は、ため息をついた。本当にリーナはやっかいだ。そして私とラウリンの結婚は、急に決まったこともあり、国王から歓迎されていないこともあり、周囲に知られていないのだ。次に来た報告は、城から出たラウリンの足取りをくわしく伝えていた。
「三日前から、王都のある宿屋に、アーレ王国の男たち三人が滞在していたそうです。ラウリン王子は毎日、宿に来て、男たちと帰路の相談や故郷の話をしていました。しかし今日は、王子は夜明け後すぐに宿に来ました」
報告の兵士はこまったように、言葉を切った。それから遠慮がちに話す。
「王子は泣いていたそうです。王子と男たちはもめていました。ただ話はまとまったらしく、ついさきほど宿を出発しました。宿屋の主人たちは、何があったのかと心配しています」
三日前から滞在していた男たちは、帰郷するラウリンのための護衛の騎士たちだろう。だがラウリンが泣いていたという話に、私の胸は痛くなった。フェアナンドも、まゆをひそめている。
ラウリンは純粋で、まじめで、恋慣れない人だ。上手に言い訳ができる人でもない。そんな彼を、リーナは傷つけた。私は彼を守れなかった。ラウリンは私を好いてくれたのに。結婚したいと言ってくれたのに。
ブスだ、着飾っても無駄だ、誰とも結婚できない。そんな言葉に、私は黙って耐えていた。けれど心は傷ついていた。ラウリンの一生懸命な求婚は、私を救った。
だから次は私の番だ。昨夜、リーナとラウリンの間に何があったのか気にしている場合ではない。ラウリンを追いかけて、私と結婚してと頼む。私が彼を救うのだ。
「フェアナンド、私に協力して」
報告の兵士が部屋から去った後で、私は言った。私の強い口調に、兄は少し驚いていた。
「私がアーレ王国の王子と結婚しても、この国に利益はない。それでも兄として、私に力を貸して」
フェアナンドはうなずいて、続きを促す。
「私は誰にも悟られずに、ラウリン王子を追いかける。彼と合流したら、『私は素敵な国へ嫁ぐ、誰よりも幸せな花嫁』と周囲に言いふらしながら、国境のロイン川を越える」
兄は緑色の両目を細めた。
「君は本当に、なくなった母上に似ている。自分が傷つけられても黙って耐えるのに、大切な人を傷つけられたら牙をむく」
私も笑う。
「それは、フェアナンドもでしょう」
私が傷つけられるたびに、兄は牙をむいた。彼のおかげで、私は卑屈にならずにすんだ。うつむかずに、前を向いて歩けた。着飾っても無駄と思わずに、男顔の私に似合う服を選んだ。
「そうだな」
フェアナンドは私の赤毛をなでた。同じ顔、同じ髪の兄妹だ。兄の瞳に、強い光が宿る。
「ラウリンを追いかける。最初からそのつもりだ。さぁ、行こう」
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