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第八話 王族の結婚と恋心
ラウリンの様子を聞くたびに、私たちの気分は重くなった。だが旅そのものは順調だった。五月のシュプレー王国は、晴れの日が多い。今日も旅をするのに、よい陽気だ。
私の男装はうまくいっていた。誰も私を女と思わない。私は背筋を伸ばして、堂々とふるまいだした。
「りりしくて、かっこいいですね」
騎士のワルトが困惑したように、白いひげをしごく。私はフェアナンドのまねをして、ふっと笑った。
「ありがとう」
まねをされた兄は苦笑する。
「君の目には、私がそう映っているのか」
彼はあきれている。だが案外、男装は楽しい。私には変身願望があったらしい。私たちはラウリンたちを追いかけて、馬を走らせる。ずっと馬に乗っているから、体が疲れている。しかし心はせいていた。
途中、フェアナンドが速度を落とす。私のあせる心をいさめるためだ。私はじれたが兄に従い、馬をゆっくりと歩かせた。フェアナンドは話しかけてくる。
「この問題はこじれると、まずい気がする。わが国とアーレ王国だけの問題ではなくなる」
兄の横顔は真剣だった。私は、なぜ? と質問する。
「アーレ王国の王家は、家族仲がいい。家庭的なんだ」
ラウリンは筆まめで、よく故郷へ手紙を送る。故郷からもしょっちゅう手紙が来る。家族仲がよいからだ。以前、私はラウリンに、手紙には何を書いているのかたずねた。
「フェアナンドが友人になってくれた。彼はとても頼りになる、などと伝えています」
ラウリンは、はにかんで答えた。フェアナンドは難しい顔で話し続ける。
「だからラウリンが痛手を負って帰国すれば、彼の家族は激怒するだろう。ラウリンの父は、人格者として名高いアーレ王国国王エリアス。母のグレータは、テルミニ王国王家から嫁いできた方だ」
アーレ王国の背後には、テルミニ王国が控えている。テルミニ王国は大国ではないが、小国でもない。南の方にある歴史の長い国だ。私たちのシュプレー王国とは国境は接していない。
「加えて、ラウリンの姉は、カペー王国の世つぎの王子シャルルに嫁いでる。エリアス国王の妹も、カペー王国王家に嫁いでいる。アーレ王国はカペー王国とつながりが深いんだ」
私はぞっとした。カペー王国とは今は戦争していない。しかし平和は盤石ではない。非友好的な態度は戦火を呼び寄せる。
シャルルは縁談話を、妹のリーナに持ちかけてきた王子だ。なのに当のリーナがラウリンのベッドに行き、彼を傷つけた。その事実がシャルルの耳に入れば、どうなるのか。
アーレ王国は小国だが、軽視していい国ではない。父とリーナのふるまいは、危険なものだったのだ。
「今回の件だけでアーレ王国やカペー王国が、わが国に戦いをしかけてくるとは思わない。だが悪印象を持つだろう。しかも国王だの世つぎの王子だのが悪印象を持つ」
フェアナンドは眉根を寄せる。よくない事態であることは、十分に伝わった。私の隣に、マイノが馬を寄せてくる。
「あなたは城を出るときに、騎士のわれわれを私的な用事に使ってごめんなさいとおっしゃった。ですが、それはまちがいです」
彼はフェアナンドと同じく、冷静で頭が回る。
「それは、なぜ?」
「あなたがアーレ王国に嫁げば、フェアナンド殿下はアーレ王国内に人脈を作りやすくなります。さらに、あなたとラウリン王子を介して、カペー王国ともテルミニ王国ともつながれます」
うまくいけば、カペー王国との間の平和をより強固にできるのだ。そして今まで付き合いのあまりなかったテルミニ王国ともつながれる。王族同士の結婚は、国と国を結び付けるものだ。後ろから、ワルトが話に加わってきた。
「ほとんど交流のなかったアーレ王国とテルミニ王国をつなげて、今日の発展に導いたのは、現アーレ王国王妃で、テルミニ王国王女だったグレータと言われています」
ラウリンの母グレータは、アーレ王国内では国民に人気があると聞いた。またアーレ王国とテルミニ王国は隣国同士だ。ただし二国の間には、大山脈がそびえたつ。
「だからあなたとラウリン王子の結婚は、フェアナンド殿下とわが国にとって利益のあるものです」
ワルトは笑った。確かに彼らの言うとおりだ。他国に嫁ぎ、自国との間を取り持つのは王女の仕事だ。でも私は不安になって、兄に問いかける。
「グレータ王妃のようなすごいことが、私にもできるかしら?」
シュプレー王国とアーレ王国を結び付ける。さらにカペー王国やテルミニ王国とも。予想以上に大役だった。フェアナンドは気楽に笑う。
「君はいつもどおりでいい。俺はそういう損得を考えて、そしてラウリンが好感の持てる人間だったから、友人になったが」
彼は情けなさそうに言う。けれど世つぎの王子である兄の立場を考えると、そういう計算をするのは仕方がない気がした。そしてそんな風に目端がきく王子だから、マイノやワルトたちが忠誠を誓うのだ。
「エリアス国王とグレータ王妃はシュプレー王国王女の君を歓迎し、わが国との関係が深くなったことを喜ぶだろう。けれど君はただ、『ラウリンが好き』という気持ちだけでぶつかっていけばいい」
フェアナンドは少し、うらやましそうだった。ラウリンも私に、好きという気持ちだけでぶつかってきた。だから私もそうすればいい。
「分かった」
私はほほ笑んだ。兄も笑みを返す。マイノが笑顔で話しかけてきた。
「あとちょっとがんばれば、ネッカーです。フェアナンド殿下のために、あなた自身の幸福のために、ラウリン王子を捕まえてください」
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