第四話 幸せな朝と嫌な予感

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第四話 幸せな朝と嫌な予感

「それに私は美人ではないです」  自分で言ったくせに、みじめな気持ちになった。奥歯をかみしめて、唇を引き結ぶ。ラウリンの紫水晶みたいな目が、少しだけ困っている。彼は自信なさげに問いかけた。 「アーレ王国へ来てくれるのですよね?」 「はい」 「昨日は、ついうっかり結婚すると言ったけれど、気が変わっていないですよね?」  しゃべりながら、ラウリンの顔色が青くなっていく。 「変わっていないです。それに、『ついうっかり』結婚を決めていません」  私は苦笑した。ラウリンの質問は、私を脱力させる。彼は安心して笑った。彼にとって重要なことは、私が結婚を承諾しているかどうかだけなのだ。持参金も私の容姿もどうでもいい。私だけがこだわっている。 「明日、この城を出発して、南へと旅します。国境まで着いたら」  ラウリンは耳まで赤くする。彼は、私という人間だけを見ている。 「俺のために、ロイン川を越えてください」  ロイン川は、シュプレー王国とアーレ王国の間にある大きな川だ。どんなに雨が降らないときでも、ロイン川の流れはたえない。 「俺の母が父のために、国境の山脈を越えたように。あなたは俺のために、川を渡ってください。俺も家族も、あなたを大事にします」 「はい」  私は笑顔で答えた。ラウリンの顔にも、笑顔の花が咲く。 「道中では、て、てて、手をつないでもいいですか?」 「もちろんです」  どもりまくるラウリンに、私はほほ笑んだ。多分、私と彼はうまくやれる。たがいに気づかいつつ、ゆっくりと歩いていける。愛をはぐくんでいける。  今は五月。どんどんと気温が上がり、過ごしやすくなる季節。花が咲き、鳥がさえずる季節。旅をするのに最適な時期だ。ラウリンとの旅路は楽しいだろう。 (私はもう卑屈にならない)  不細工な顔だろうが、持参金がなかろうが、父から冷たく扱われようが。だってラウリンが愛してくれるから。  彼の純粋さが私を救った。愛されることが、こんなにも幸せになれることと知らなかった。心が満たされる。ロインの川を越えて、私は愛する人と結婚するのだ。  翌朝、私は朝食をフェアナンドとふたりで取った。私の部屋のバルコニーで、兄妹水入らずでのんびりと過ごす。 「つい数日前までは、こうなると予想していなかった。けれど、これでよかった」  フェアナンドはソーセージを食べながら、ご機嫌に笑った。 「ラウリンがリーナに付きまとわれて迷惑していたのは知っていたが、ミラにひそかに恋していたとは気づかなかった」  兄はにやにやと両目を細めて、私ははずかしくなった。こんな風に冷やかされる日が来ると思っていなかった。 「昨夜、ともにワインを飲んだが、ラウリンはずっと前から君を気にしていたらしい。さっさと私に言えばいいものを。水臭いやつだ」  兄はあきれているようだった。 「ラウリンが一言でもミラが好きと言えば、私は友人として協力したのだが。彼は内気だから、恋心を隠していた」  フェアナンドは、ラウリンについて好ましげに語る。私は兄に問いかけた。 「ずっと前からって、――ラウリン王子は、私の何が気に入ったの?」  私には分からなかった。美しい容姿のラウリンにとって、女性はよりどりみどりだろう。彼が話しかけただけで、城のメイドたちは大喜びする。王都に住む貴族の娘や大商人の娘たちも、ラウリンを見ていた。  ただリーナが彼を追いかけていたから、誰も表立っては何も言わなかったが。彼女たちの中には、きれいな女性も気立てのいい女性もいただろう。フェアナンドはあっさりと答える。 「ラウリンの言葉はなまっている。彼は、アーレ王国なまりのシュプレー王国語を話している。特に、この国に来たばかりのときはひどかった。だから、周囲から笑われることが多かったそうだ」  アーレ王国には、外国語が堪能な人が多い。ラウリンはシュプレー王国語、カペー王国語、テルミニ王国語が話せる。どの国も、アーレ王国に隣接している。だがどうしても、なまりはあるし小さなまちがいも多い。 「しかし君は、ラウリンの言葉を笑わなかった。それで好感を抱き始めたらしい」  兄の言葉に、私はちょっと困った。 「それだけなの?」  私は自国の言葉しか話せない。フェアナンドとともに、カペー王国語を勉強中だ。対してラウリンは、複数の外国語を操る。彼は優秀な人で、彼のなまりをバカにするわけがない。フェアナンドは笑った。 「ほかにもあるのだろうが、ラウリンは口を割らなかった。ただ彼は見ていないようで、しっかりと周囲の人々を観察している。ラウリンの人物評価は信頼できる」  私は苦笑する。これでは「私の妹を選んだから、ラウリンは人を見る目がある」と言っているようなものだ。 「フェアナンドは兄バカがすぎるわ」  彼は照れた。 「いや、そういうわけでは、……だがラウリンが、人をよく見ていることは確かだ。優秀な人物、信頼できる人物、公平な人物を彼は見抜く」  私は相づちをうつ。ラウリンは、人の見た目に惑わされない。 「この前は、メイドの誰々はていねいに掃除しているとか、騎士の誰々はもくもくと鍛錬しているとか私に教えてくれた。話が脱線したな」  フェアナンドは笑う。それからまじめな調子になる。 「ラウリンは、自分は小国の王子でミラは大国の王女だから結婚できない、とあきらめていたらしい。けれど国王は『ミラをもらってくれるなら、誰でもかまわない』と口にする。そのたびに彼は『ならば俺が……』と思っていたそうだ」  それで最後の最後に、私に求婚したらしい。私はラウリンの気持ちに感謝しかなかった。私は父やリーナから侮辱されても、黙って耐えているだけだった。 「君こそ、ラウリンのどこが気に入った? 顔か? いや、彼の容姿ではない」  フェアナンドは冷やかすようにたずねる。 「なぜなら君は、ついおとといまでラウリンにほれていなかった。それが今では、すっかりと恋に落ちている」  私はほおを赤くして、両手を顔に当てた。 「ラウリン王子は誠実だから。私を大切にしてくれるし。笑うと幼く見えるところも素敵で、恋慣れないところも逆に好ましくて、……こんなに愛されて困ってしまう」  私は何をのろけているのだ? と思うが、言葉が止まらない。私はうれしくて、浮かれている。 「はやくアーレ王国へ行きたい。子牛がかわいいらしいの。あと、いつもラウリン王子と一緒にいる犬がいるらしくて」  気づくと、フェアナンドは顔をしかめていた。 「私は大切な妹を、たった二日でラウリンに奪われたのか。ミラの護衛を名乗り出るのではなかった。アーレ王国まで行く道中、馬にけられて死にそうだ」  兄はテーブルにつっぷした。背中に哀愁が漂っている。部屋から足音がして、ひとりの兵士があせった表情でバルコニーにやってきた。 「フェアナンド殿下。あぁ、よかった。ここにいましたか」  兵士は兄の姿を見て、ほっとした。ただごとではない様子に、私はまゆをひそめる。フェアナンドは体を起こして、厳しく問いかけた。 「何ごとだ?」  さきほどまでの、楽しくてふざけた雰囲気はなくなった。 「困ったことになっています。ラウリン王子の滞在されている部屋までお越しください」  兵士の言葉に、嫌な予感がふくれ上がる。リーナの笑い声が聞こえる気がした。フェアナンドは立ち上がり、兵士とともにバルコニーから出ていく。私は兄のあとについていく。足が震えそうだった。
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