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「つまり、ふたりの男がセットで完璧ってことなのね。」
香織が言った。
「企業で言えば、亮介君は経営戦略部で年下君は総務ってとこかな。華やかな一線で活躍する男と、目立たないところでボールペンや電球なんかを用意したりして、心地良い空間を維持してくれる陰の功労者。両方無いと会社は回っていかない、そんな感じ。」
「私は人間よ、組織じゃないわ。」
「でも同じことでしょ。」
「もう、会わない方がいいと思う。でも、彼にそう告げるのが悪い気がするんだ。」
貴子と香織は銀座和光のティーサロンでオムライスを食べている。
「それが本音?貴子に憧れる年下君への感情は同情?実は貴子が会いたいって思っているんじゃない?」
「本音よ。だって賢治君と会っていても将来は無いもの。非生産的だわ。」
「確かにね。不器用な貴子ちゃんも少しはお利口になったわね。」
香織はオムライスを口に運び、
「同じオムライスでもここのとデニーズじゃ別物ってこと。気まぐれなアバンチュールは貴子からエルメスもパークハイアットもビジネスクラスの海外旅行も奪っていくわ。賢治君とのことは事故っていうより甘美な思い出として記憶に保存。その歳で若いハンサム君にコクられて、しかもやれたんだもの。」
そうだよね。香織の言う通り、思い出にしちゃえばいいんだ。
昼休みを終え、会社に戻ると部長に呼ばれた。
「厚生労働省の根元さんの紹介で地方自治体絡みの大口がほぼ決まって、急だが、最後の詰めで明日、名古屋に飛んで欲しいんだ。」
「明日?契約を私が、ですか?」
「わかるよ、本来、商品開発の業務じゃないってことは。それを重々承知の上で、是非君にって名指しだ、根元さんは君にご執心だからな。行ってやれよ。」
厚労省の根元さんには散々お世話になっている。もちろん断るわけにはいかない。新商品認可の際の貸しを作れる絶好のチャンスでもある。
「かしこまりました。」
「急の、しかも金曜日の早朝出張だ。なんなら週末、向こうの温泉でゆっくりしてってもかまわんよ。まあ、君のような女性が好きそうな高級旅館まで経費で落とすわけにはいかんが、日帰りの「のぞみ」の往復の帰りを日曜日にするくらい、どうって事無いからな。月曜日にリフレッシュして戻って来てくれればそれでいい。」
私は部長に会釈し席に戻った。愛知と言えば、知多半島に前から行きたかった「海のしょうげつ」がある。亮介を誘ってみようか。デスクの上のパソコンで旅館の詳細を調べてみる。
「安倍さん、温泉行くんですかあ?わあ、この旅館素敵!誰と行くんですかあ?」
加藤由香里が後ろからモニターを覗き込んだ。
「彼と。」
貴子は単刀直入に答えた。何だか隠していることが馬鹿らしくなったのだ。みんなが一斉に振り向いた。亮介のことを隠していたわけでは無いが宣伝もしていない。例のプライド的セーフティーネットだ。振られた場合に備えてあえて言及しなかっただけだ。
「そうだよなあ。安倍君みたいな美女に男がいないわけないって思っていたんだよ。」
部長が言って高らかに笑った。その口調は、思ってもいなかったというのが本音だ。みんな、何も言わずに仕事に戻っている。心の中で、「どんな男がこんな気の強い年増と付き合ってるんだ」ぐらいに思っているんだろう。給湯室が騒がしくなりそうだが、かまうものか。
「ねえねえ、安倍さんの彼ってどんな人ですかあ?やっぱり安倍さん以上に出来るエリート?逆に可愛いペットみたいな坊やだったりして。まさか両方だったりして。最近ドラマとかでも流行ってるじゃないですか。」
「まさか。」
そう笑いながら、鋭い、心の中で囁いた。そうだ、賢治君との出会いはまるでドラマみたいだ。そして、ドラマでは主人公は若いペットを選ぶ。
「有り得ない。」
そう声に出して言って、自分の言葉に頷いて、それからメールを開けて、亮介のアドレスを受信者の欄に入れた。
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