賢治君のチョイスと私のライフ

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「行きたいのはやまやまだけど、ちょっと急だなあ。週末は一応予定入っちゃってるし。」 「また、接待ゴルフ?」 「まあな、でもクライアントじゃなくて上司たちと内輪のプレイだからどうしても参加しないといけないってわけでも無いんだ。ちょっと返事ペンディングでいい?」 「構わないわ。エステあるし、ひとりでストレス発散っていうのも悪くないから。酔ってしつこく電話するかもしれないけど。」 電話の向こうで亮介が笑った。 「そのくらいならいつでも歓迎するよ。酔った貴子の声聞いたら、そのまま車飛ばして会いに行くかもしれないけどな。」 「それなら、断然酔っぱらわないとね。」 貴子はそう言って電話を切った。  結局亮介の予定が未定のまま、新幹線と宿を予約して、早朝の東京駅に向かった。賢治君には週末留守にするから、来週まで花をスキップして欲しいとメッセージを入れた。  急な出張、しかも始発ということで、部長がグリーン車を取ってくれていたので比較的ゆったり出来る。貴子は空いていた隣の席にスーツのジャケットを置き、薄型のラップトップを開け、契約内容を確認した。  ひと通り目を通して、両手を伸ばし軽く伸びをして、グリーン車の車両を見渡した。通路を隔てた席に年配の男性がひとり、目を閉じて座っている。薬指の指輪が太った指にきつそうで、あれは多分もう外せないだろうな、と思った。まあ、この太り具合ではまずまず平和な結婚生活を送っていて、外す理由もないのだろう。斜め後ろには四十代くらいの女性が老眼鏡を出して書類を読んでいる。薬指に指輪は無い。あと数年したら、あの女性のように老眼鏡が必要になるだろう。貴子はそんな自分を想像して身震いした。突然、大昔に一世を風靡したという森高千里の「私がオバさんになったら」という曲を思い出した。財務部の盛り上げ役の原田さんという定年間近のオジさんが酔うと必ず振り付きで歌う曲だ。  私がおばさんになっても泳ぎに連れてくの?派手な水着はとてもムリよ、若い子には負けるわ  私がオバさんになったらあなたもオジさんよ。カッコいいことばかり言ってもお腹が出てくるのよ。  若い子に負けるわ、と唄えるのは森高千里が可愛いアイドルだからだ。最近コマーシャルで見た森高千里は四十過ぎとは思えない美肌で、衰えを知らないその顔はアイドルそのものだった。そして彼女のご主人の江口洋介のお腹はちっとも出ていない。香織夫婦も財力とストレスの無い生活を続けて、きっと美しく歳を重ねるゴージャスな夫婦になっていくのだろう。そういう夫婦も世の中にはいるのだ。  亮介と一緒に歳を取って亮介のお腹が出て来たとからかうことが出来るのだろうか。いや、亮介ならきっと歳を重ねても太ったりしないだろう。それとも、斜め後ろの女性のように、未婚のまま老眼鏡をかけて、眉間に皺を寄せて始発の新幹線に乗っているのだろうか。
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