賢治君のチョイスと私のライフ

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「ローズヒップのクッキーあるけど、食べます?」 賢治君がいなくなると、初美ちゃんが声を掛けて来た。目が大きい、なかなかの美少女だ。NORMAL IS BORING と文字が掛かれたマルーンカラーのTシャツを着ている。 「美容に良さそう、頂きます。」 貴子が言うと、喜々としてキッチンに向かい、ピンク色の小ぶりなクッキーを花柄のケーキ皿に乗せて戻って来た。クッキーは粒々の触感がとても美味しいので、 「これもお手製かしら。美味しいわ。」 そう告げた。 「お茶もクッキーもお兄ちゃんが作ったの。生地は米粉を使っているからグルテンフリーだって。」 「賢治君がお菓子作り?」 貴子は驚いてすっとんきょうな声を発した。 「あの人は何でもできるから。」 そう言って自分もクッキーを口に入れた。 「昔っから、何でも出来ちゃうんだよ、お兄ちゃん。」 「そうなの?」 「そう、子供の頃から神童とかって言われてた。自分でも自分のことをブラックなんとか、って言ってたな。突然変異っていうニュアンスの意味の英語らしい。」 「ブラックシープ。」 「それそれ。ウチのカゾク、両親は高校中退してずっと花農家。子供の頃から畑手伝ってるから、この辺りではそれが普通だったんだけどね。さすがに時代が変わって大きいお兄ちゃん、一番上の兄もケンお兄ちゃんも私もみんな高校だけは卒業したけどね。あっ、私は名古屋の大学生。ケン兄に受験勉強、徹底的にしごかれたから合格したんだけど。」 「でも賢治君は大学に行かなかった。」 「お兄ちゃんに言わせると、私の頭は普通だから大学くらいいってハクつけないと将来困るだろうって。本人はラグビーで同志社に推薦でも行けたし、それ以上に頭だけで京大だって受かったと思うよ。学校の先生が言ってた。お前の兄貴は集中力が並みじゃないって。」 「それなのに、行かなかった。」 「中学くらいから将来花屋をやるって決めたから。大学に行って無駄な金と時間を費やすより実戦で覚えればいいって。だから取引先の日比谷花壇に頼み込んで修行。まあ、頼み込んだっていうか、日比谷花壇では、お兄ちゃんの高校の通信簿見て仰天して、普通の店員でいいんですか?ってなもんだったけど。」 「そうなんだ。」 「しかも、妹の私が言うのもなんだけど、背高いしなかなかのイケメンでしょ。」 確かに。 「あなたもそうとう美少女だと思うけど。」 「まあね。」 初美ちゃんはそう言ってから照れたように笑った。笑顔が賢治君によく似ている。 「お兄ちゃんはこの辺じゃ、ちょっとした有名人。高校んときはそりゃ、モテたよ。けっこう遊んでたかも。でも、深入りしないタイプっていうか、誰かに本気になったって聞いたこと無いなあ。私が知らないだけかもしれないけど、お兄ちゃんが誰かを家に連れて来たのは今回初めて。」 そう言って、貴子を凝視した。 「お姉さんチョー美人だし、デキる女って感じ。ふ~ん、ケン兄はこういうタイプが好きだったんだ。どうりでね、この辺には絶対いないタイプだし。」 貴子は、言葉に詰まった。 賢治君が初めて家に連れて来た貴子には恋人がいる。 「あのね、昼間、お兄さんと一緒にゲートタワーのレストランにいたでしょ?」 「えっ、何で知ってるの?」 「実は私、出張で名古屋に来てて、あのレストランでパワーブレックファストだったの。」 「パワーブレックファスト?」 「あ、つまり、朝食兼ねた打ち合わせ。だからお兄さんとは偶然、あのホテルでばったり。」 「ああ、そういうことだったんだ。私たちもあのホテルで打ち合わせの予定があって。」 「打ち合わせ?」 「実は一か月くらい前、私の大学の同級生が名古屋からうちに遊びに来て、夜遅くなったからってその子の父親が車で迎えに来てね、その人が名古屋では名の知れた商業弁護士だったんだけど、私、兄の分厚い事業計画書を見せたんだ。部屋にいつも置いてあったの知ってたから。最初はぺらぺら捲ってたんんだけど、途中から興味を持ってお兄ちゃんに会いたいって。」 「勝手に見せちゃったの?」 知的財産の保護ってこの子は考えないんだろうな、と貴子は思った。 「お兄ちゃんは別に怒ってなかったし。せっかく一生懸命作ってて誰にも見せないのってもったいないって思ったし。そしたら投資家がマジで会いたいって言ってきた。あの日はその投資家とケン兄がゲートタワーのスイートルームで打ち合わせだったの。私はもちろんそのミーティングには不参加だけど、ゲートタワーって聞いてあのレストランの朝食をどうしても一度は食べたくて、無理やり連れて行かせた。たまには妹に良い思いさせろって。」 「それでおめかししてたんだ。」 「そう。珍しくお兄ちゃんもスーツだったでしょ。成人式の時以来かな。」 成人式以来、賢治君が言った通りだ。 「で、どうなったの?」 「お兄ちゃんは、人の力借りることを極端に嫌うからどうかなあ。でも、案外、真剣に聞いてよ。それでね・・・」 そう聞いた時に、玄関で音がして、賢治君が帰ってきた。 「何の話してたんだ。俺の女遍歴とかだったら簡便してくれよな。」 「そう、女とっかえひっかえだったってチクってやった。」 初美ちゃんがそう言うと、賢治君が初美ちゃんの頭を拳骨で軽くこつんと叩いた。 お邪魔虫は退散、初美ちゃんがそう言って二階へ続く階段を登っていくと、賢治君が腕時計を見て、 「そろそろ戻らないと、夕食に間に合わなくなるな。」 と言って、テーブルの上の車のキーを掴んだ。
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