賢治君のチョイスと私のライフ

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 「花を活けたんだ。」 亮介がジャケットを脱いで、カウチに掛けながら言った。 「うん、ちょっと殺風景だったから。」 貴子はそのジャケットをゲスト用のコートハンガーに掛けた。 「実家にもいつも花が飾ってあった。」 「そう言えば、旅館だものね。旅館に花は必需品ですものね。」 「まあね。オフクロが毎朝、庭の花を切って各部屋に飾るんだ。ロビーの花だけは巨大だから専門家に任せてたけどな。」 「庭の花ってことは、季節の花を活けるってことよね。」 「そうなるね。ウチの庭はけっこう広くて、そう、こんな風にツツジもサツキも咲いてたな。」 「じゃあ、花のある部屋って故郷を思い出す?」 「う~ん、ちょっと違うな。実家のは百パー和風だったし。それより、貴子も女なんだなあって再確認しちゃうな、部屋に花があると。」 (やった!) 「じゃあ、今まではそうじゃなかったの?」 心のガッツポーズを押しとどめて、わざと口を尖らせる。 「じゃなくてさ、出来る女が女を見せる時ってさ...」 亮介が後ろから抱き着いて、うなじにキスをしながら、腕を回して、私のシャツのボタンをひとつづつ外していく。 「なんかエッチな気分になる。」 口をふさがれながら、いつもと違う展開を期待して胸が高鳴った。  亮介が帰った後、素肌にシーツを巻き付け、ベッドに横になったまま天井を眺めた。花の効用は束の間、結局いつもと変わらぬ夜が終わって行く。化粧はほとんど取れてしまったとはいえ、顔のクレンジングをしなきゃと思いながらなかなか行動に移せない。ふと壁に目をやり、真紅のシャクヤクに目を止めた。亮介は寝室の花に気づいただろうか。外で食事をして、自分のペースでメニューを選び、お互いの仕事の話をして、避妊を徹底して、やることやって(正常位で)さっさと帰っていく。いつものことだ。約束の言葉も無く、最近は愛してるという言葉も聞けなくなった。恋人というより、セックス付きの友達みたいな関係になって行く。セックス自体も抑えきれない衝動では無く、食後のデザートみたいに、甘いものを食べないと食事が終わらないフルコースの〆め、決まり事のようになって行く。  まるで東京の交通地図みたいだ。皇居を中心にぐるぐる回る幹線道路や山手線。終着駅が無くてずっとずっと走り続ける列車やタクシー。貴子は心の中で呟いた。  私は彼の、終点の無い乗り物になっている。そして彼がいつか突然、慌てて降りる日が来ると怯えている。
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