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『――ほら、見てくれ、野邑。彼女だ。美しいだろう?』  暗い窓に、自分の怯えた眼差しが映る。その向こうに――チラチラと夢のように曖昧な映像が蘇ってきた。 『宿主の生命活動を極限まで抑えるとね、ヘラクレスの活動もセーブ出来るんだ』  ガラスの棺のようなケースの中に、白桃の如く瑞々しい肌の女が、瞼を閉じて横たわっていた。長い睫毛に細い鼻。微かに開いた唇は薄紅色で、微動だにしないのに艶かしい。白いワンピースを身に着けているが、下腹部がこんもりと膨れている。彼女が、観月博士の奥方か。20代半ばだろうか。予想より、遥かに若い。 『妻の出産まで、まだ1年必要なんだ。曽我部の養分瘤は、あと半年で尽きる。野邑君。残りの半年分、君の養分を分けてくれたまえ』  俺の視界を覗き込んだ男は、亡霊のような白い頬をグニャリと歪めた。お前は――誰だ。曽我部史生じゃなかったのか? 『半年後、手紙を送るから、必ず来てくれ。大丈夫、養分瘤の礼は弾む。なぁに、僕の指示を守れば、危険なことはないよ……』  白衣の男は、俺をうつ伏せにした。背中にチクリと細い針を刺された感覚があり、低く呻いたところで、記憶は暗転した。  冷や汗が噴いている。思わず探った首の後ろ、背骨の辺りがむず痒い。シャツの襟首より中を指先で触れると、チクリと同じ痛みを感じた。  あれは――夢ではなかったのだ。いや、この後半年続く、悪夢の始まりだ。 「……お客さん、着きましたよ。あと5分で最終便が入りますから、急いでください」  追われるように、タクシーを降りた。黒いセダンのトランクにペイントされた『観月タクシー』の文字が、漆黒の一本道を小さくなって消えた。 【了】
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