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第十四話 足音を忘れ、何て事のない日を過ごそう。
───陽の光も弱々しく、濃い緑も薄気味悪いとしか思えない森
の中。
明るい色のパジャマを着込み枕に頭を乗せ身を横たえる青年の
姿が、その森には在り。
「zzZZZ。」
『ー! ーー!』
“スヤスヤ”と寝息を立てる彼の側には、恐ろし気な化け物が息
を吹き掛け続けて居た。
こんな森の奥で何故かパジャマ姿にふかふか真っ白枕を使い、地
に寝転がる青年と。そんな彼へ定期的にガスを吹き掛けるは魔の
異形。足の先から頭の天辺まで、全身を葉で覆われたような大柄
な魔物が青年へガスを吹き続け。
『……。』
そんな二人? から少し離れた場所。女袴姿の誰かが、目を閉じ佇
んでいる。見た目は長い黒髪に整った顔。華族令嬢とも形容出来
る美しい誰か。但し、彼女のその顔には表情や感情を匂わせる物
は一切浮かんでいない。
寝る青年に魔物、それと彼女。森の一角では何とも奇妙な光景が
広がっていた。
『……指定時間を確認。指示を実行。』
同じ絵面が続く中ふと。何を切っ掛けとしたかは不明だが、突如
女袴姿の女性が閉じた目を開き、腹部で重ねるようにしていた両
手。その一方を持ち上げては体の横へ。
次の瞬間その掌へ光が収束し、光が消えた後には細長い缶の様な
物が握られていた。
『……目標へ投擲開始。』
女性は缶に付いていたスイッチらしきを押しては一呼吸の間を置
き、前方。息を吹き掛け続ける魔物へ無表情でその缶を放って見
せる。
『ォォ……?』
放られた缶が魔物の顔、恐らく顔と思しき葉で包み上げられたよ
うな場所近くで“バンッ”と小さく爆発しては。
『───ォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!?』
直後に強烈な発光が迸る。
間近で閃光を浴びた魔物は細長い枯れ木の様な手で顔らしきを覆
い、その場から慌てて逃げ出す。
魔物が逃げ出すのを確認した女性は、その後特に何もせず佇み
続け。不気味な魔物が逃げ出して暫く。
眠っていた青年の意識が覚醒を始めた───
「……んあ?」
目を開けて最初に飛び込んで来た景色は、空模様も確かめられな
い鬱蒼と生い茂る大木と枝葉だけ。
寝起き特有のぼんやり感も無く、自分でもビックリするほどハッ
キリとした意識で、俺は上体を起こす。
『お早う御座います。』
「おはよう。」
すると側に居たマイサーヴァント、ノギがロボットの様に加工さ
れた音声で決められた台詞を再生。それへ応えながら俺は、辺り
を少し見渡す。ほほう。
「お。この様子だと上手く行ったみたいだな。」
側に俺御用達のボスモンスターの姿は無い。って事は作戦は
成功。
俺はある事情の所為で現在自然に眠る事が出来ない。いやまあ
そもそも仮想世界であるこのVRゲームの中で、誰も本気で寝ない
んとは思うけどね。それは今置いといて。
そんな事情の所為で眠れない俺は、此処のボスモンスターに睡眠
攻撃をし続けてもらうしか眠る手段が今の所無い。しかしそれだ
と眠る事は出来ても今度は永遠に起きられないと言う事態が発生
してしまい、その対策として、今回はマイサーヴァントへ寝る
前に時間指定の迎撃を指示。
んで側に置いて眠る事を試して見た訳だけどー……。上手く言っ
たご様子!
「いやぁこの方法思い付くとか俺頭良すぎー。」
これで睡眠問題は解決だな。迫る事実から目を逸して思いつい
た方法だったけどね……。やばいやばい、それは今考えないぞ
っと。
俺は頭を振りながら立ち上がり、マイサーヴァントのノギへ。
「んじゃ自室に帰ろっか。っとその前に、此処は立地が良いの
で、ポータルに座標記録しといて。」
『承知しました。……座標記録……ポータルの起動を
準備……。』
言いながらノギは両手を何もない空間へと伸ばす。伸ばされた両
手の先、景色が歪みだしては渦を巻き。所謂ポータルと呼ばれる
物が形成されだした。
現在俺が居るVRゲームには移動手段として、個人での長距離空間
移動と、この複数人同時での移動が存在する。
別に個人での空間移動があるのだから、此方は不要に思えるかも
知れないが、両方に明確なメリットデメリットが存在している。
例えばポータル移動なら団体戦PVP等でタイムラグ無く全員が会
場入り出来たり、個人移動と違って座標の詳細設定が可能。
個人移動だとフィールドやダンジョンの特定の場所、主に入り口
付近に皆が跳ばされるんだけど、ポータルならフィールドの何処
何処と設定出来る。また使用者が閉じない限り残り続けたりね。
維持費が尽きない限り、だけど。
後は個人移動と違って起動に時間と費用が掛かる事ぐらいかな?
……因みに俺が今此処の座標を覚えさせたのも、此処が俺の寝室
にぴったりの立地だからって理由。
「ん?森が寝室……? あれそれってめっちゃオシャレじゃ?」
『ポータルの起動を確認。』
「おっと。ほいほいっ。」
座標登録が終わり、ポータルが利用可能に成ったらしい。
俺は早速ノギを連れて寝室たる森から、ゲーム内で借りている
自室へと向かう事に───
───起動されたポータルを潜れば、見慣れた部屋の風景が飛
び込んでくる。
このVRゲーム内で俺が所有している完全個人部屋であり、安ら
ぎの我が家にも等しい。いやもう我が家なんだけどね。
ゲーム内ではこうして部屋だけを異空間に借りる他、町やフィ
ールドで自宅を構える事も勿論可能。ま、メンドイから俺はや
らんけど。
「自室待機。」
『承知しました。』
背後でポータルを閉じていたノギへ追従命令を解除し、自室で
待機するよう伝える。
その後俺はパジャマ装備から何時もの装備、ネクタイの無い
フォーマルスーツにお揃いのズボン。スーツの前を開けて腕ま
くり……うっし完了。
さ~て着替えは終わったから次は、次は……。
「ううーん……。」
やる事はある。快眠から覚め身支度が済めば、人間考えなければ
成らない事が頭をチラつき出すと言う物。考えたくない物ほど頭
を離れない。だけど。
「取り敢えず朝飯にすっか!」
まだ、まだ俺はそれに頭や、睡眠でリセットされた意識を使いた
くない。なので取り敢えずの逃避として、朝食の時間を過ごす事
に決めた。
俺は手持ちの必要ないアイテムを倉庫へツッコミ一括整理をして
は、行き付けのお店。素晴らしき『昼行灯』へ跳ぶ事に───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───自室で着替え、昼行灯前へと跳んだ俺。早速店内へ。
「(おー静か静か。)」
店内に居るキャラの数はそう多くない。現実時間がアレってのも
あるけど、元々この店の平時はこんなもんだ。あの大盛況もイベ
ント効果だったからで、普段は多すぎず少なすぎない。
酒場としてはちょっと寂しいと思われるかも知れないが、厳つい
冒険者が大きく騒げる酒場は他に幾らでもある。此処の雰囲気や
働く店員さん達を思えば、この落ち着いた雰囲気こそが此処最大
の魅力! うんむ!
俺は力強く拳を握り頷いては、空いている小スペースの席へ腰を
落ち着け、店員さんを待つ。
「いらっしゃいませ、ルプス様。」
暫くすると女性店員が一人声を掛けて来た。名前を様付けって事
はNPCだなと思いつつ、俺は彼女に注文を頼み。店員さんがその
場を去って行く。
頼んだ食事が来るまでの間、少しばかり辺りを流し見遣る。
店内には店員さんの他に冒険者風の客、カウンターの受付さんと
話すだれそれと。こうして遠巻きに見ると誰がNPCかどうか何て、
中々見分けがつかず。流石のクオリティだと思う。
「VRゲームってスゲー。」
俺が今現在遊び、同時に囚われているVRゲーム『エリュシオン』
このゲームは超大型VRMMOとして確かな人気を誇り、またゲーム
内の建物やキャラクターのクオリティが一番高いゲームとして
も有名。そのクオリティがどれぐらいかと言えば。
「ご注文の品をお持ちしました。」
「……。」
「? どうかしましたか?」
頼んだ料理を運んで来てくれた店員さん。彼女の顔を“ジッ”
と見詰めていると、困った様子で軽く笑みを浮かばせる。
「すみません、ちょっとぼーっとしてたみたいです。」
「お疲れなんですか?」
「いや違いますよ。考え事がね。」
「そうですか。……余り無理をしては駄目ですよ?」
「! 気遣いをありがとう。」
「ふふ。ではこれで。また御用がありましたらまたお呼びく
ださい。」
そう言ってお辞儀をしては店員さんが去って行く。
今の今の! 完璧自然な気遣いに受け答え! 驚くなかれ、彼
女は間違いなくNPCなのだ! 何故って? そりゃ俺への親しげ
な態度から分かるのさ。
俺は行き付けのこの店が冒険者へ出しているクエスト、それを
片っ端からクリアしては、更に店への寄付も欠かしてない。そう
して店への貢献度を高めに高め。今じゃ此処に所属するNPCの店員
さん達の好感度も、全体でそれなりに上がっている訳だ。
だから個人的に好感度を上げて無いNPCの店員さんからの態度も、
俺には柔らかくて親しみが籠められているのだよ!
「(じゃなきゃさっきみたいな気遣い会話は発生しないもんねー。
ぐふふのふ。)」
ただーし! 肉入り、基中身の入ったバイトPCにはゲームシステ
ムの好感度も意味をなさい。そりゃそうだ。中に人が入ってれ
ばそりゃーあね。
まあNPCと違って普通に好感をもってもらえるよう努力すると、
中の人の裁量でロールしてもらえる事もあるけどね。
だが俺は中身入りに貢いでリアル好感度を稼ぐ興味は無いので、
好感度を稼ぐ相手はNPCと決めている。
「(NPCの受け答えのクオリティが高いから、もう楽しい
楽しい。)」
此処の世界観は中世から現代、果ては近未来が混在し。ストー
リーは深くて複雑、いやカオスだ。とは言えストーリーを追わ
ずとも世界観に納得さえ出来れば遊べるし、時代背景事にエリ
アが何となくで別れているので、それぞれのエリアだけで遊ぶ
PCも多い。MMOでは個人個人が主人公なので、どうしても用意
されたストーリーはおまけ的扱いに成ってしまう。ま、興味
ある人は追ってるらしいし、運営もそれで良いと思ってるので
問題ない。
後は普通にクエストやらフィールドやらと、それまでのMMOに
あった物は全てあるよなー。
「(VR特有の物もあるけど。)」
例えば運んで来て貰ったこの朝食。焼いたパンにスープと言った
シンプルな物で。見た目も湯気立ち凄く美味しそうだ。しかしこ
れらに見た目に釣り合った味や食感は全く無い。このゲームに限
った話では無いんだけど、VR物の全てで三つの欲求。“食欲”
“睡眠欲”“性欲”は満たせないようにされている。
“食欲”は味気ない食べ物と不自然な食感で満足感を薄れさせ。
“睡眠欲”はゲーム内で本当の意味で眠れず、寝ると寝落ちと
して処理され、VR機器に依り意識をゲームから引っ張られる。
“性欲”は、満たそうとPCやNPCにそれをしようとすればハラ
スメントとして警告や、行動阻害に視覚阻害が発動する仕掛け。
まあ仮想と現実を行き来してる大半の人は、基本これらを余り
気にしない物だ。全部現実で満たせば良いのだから。……一部
に関しては、良く問題に成るけどそれは置いといて。
皆気にしない。腹が減ったら現実で食えば良い、眠くなったら
寝ればいい、ムラムラしたらプライベートタイム。
でも、今の俺にはどれもが重要。なぜならそれは。
「(俺には~現実の体が~無ーいーんーだから~ららら~。)」
全っ然陽気じゃない歌を頭で歌いながら、味の薄いスープを
一口啜る。うん、まあ何も感じないよりはずっとマシだな。
このゲーム内で俺にだけ起きた特別な出来事。
それはこのゲーム内に俺の意思? または魂的なスピリッツ的な
ソウル的なモノが閉じ込められている事だ。つまり欲を満たせ
ない俺は良くある話しで、正気を失って廃人と化すかも知れな
い訳だ。あ、ゲーム廃人って考えるとユーモラスだなー。
ふふふ。ふふふふふふふふ。
「(ジーーーーーーーーーーザスッ!)」
頭を抱え心で大絶叫。落ち着け、落ち着くんだ俺。……ふぅ。
までも幸いな事に? 俺のキャラは現実とそう違わない人間的種
族で、睡眠と食欲も辛うじてゲーム内でギリ満たせてる。これ
が何も食えないロボットとかだったら、俺は間違いなく気が触
れてたと思うよ。マジで。
性欲はそもそもゲームプレイ中に拗らせるもんじゃないので、
俺には問題じゃない。自分、弁えてますからね。とは言えー。
「(はぁ……。)」
付け合せの、パンとは思えない食感のパンを齧りつつ考える。
これ程のVRゲームが出る前には、いや出た後もだけど。仮想世界
に囚われる何て創作話は沢山あった。でも実際に広まったVR技術
で仮想世界に閉じ込められる何て事件は一つも無く平穏無事。
これが沢山あった話しと同じなら、これからどうすべきかも分
かる。
「(当然自分の体へ戻るため、原因を究明して努力して、何か悪
者っぽい奴倒して現実へ帰還。ハッピーなエンド。って所?)」
でも、その帰るべき体が俺には無い。多分今頃火葬されてるだろ
うしなーーーーーーーー。……いや、良いんだ。その事実にはも
う俺も踏ん切りが付いた。
この新しい生を、精神が擦り切れる時まで仮想世界を楽しむと。
新たな一歩を踏み出す事にした。なのに……ああなのに……。
俺は仮想インターフェースを開き、虚ろな目でお知らせをチェ
ック。
『~定期メンテナンスのお知らせ~』
無慈悲で残酷な運営からのお知らせを確認。
オンラインゲームってのには古来より定期メンテナンスと呼ばれ
る黄昏時が存在し、それは勿論今俺がいるこのVRゲームにもある
物だ。そう、間近にメンテナンスは迫っている。
(……何だよ、何だよ定期メンテってっ! こんだけ色々な技術
が発展してるならオンメンテとかでどうにか何じゃねーの
かよ!)」
ゲーム内メンテが始まったらログインユーザーは皆強制ログアウ
ト処理。で、ログアウト先が無い俺はどうなっちゃう? 考えるだ
けでチビリそう。チビれないけどね、肉体的にも仮想的にも。
ああ折角、折角踏ん切り、てか辛い現実から目を逸らすのに成功
したってのによー。
「……クソだよなぁ。」
もう考えたくないと頭が拒絶し、思考が放棄される。
呟きながら頭と背を椅子に預け、ぼーっとしていると。
「よう。」
「んあ?」
声が掛けられた。片目で様子を見れば其処に立っていたのは、顔
に無精髭を生やし縒れたトレンチコート姿の男性PC。相棒のブル
クハルトだ。
「ああ、ういっす。」
俺が片手で応えると相棒は向かいの席へ腰を落ち着け。寄って
来ようとした店員さんへ首を横に振って見せ。
「それで?」
此方を真っ直ぐ見詰め尋ねて来る。俺は姿勢も正さず。
「“それで”ってなぁーに?」
「……分かってるだろ。」
『分かってるだろ?』分かってるだろって、そりゃ勿論分かって
るさ。椅子に預けていた頭を起し相棒を見据え。
「それでもクソも無い。いやゴメンクソはあったわ、この状況が
本当にクソ。え、なに? 今世紀最大に恥ずかしい死に様を晒し
た俺が、折角新たな生へ前向きになったら?メンテ? クソ過ぎ
ないこの状況? やっぱ仮想も現実も絶望しかないんだねっ!」
自虐自暴自棄的に吐き出した俺の言葉に相棒は。
「何て言葉を掛ければ良いのか、それは分からない。だが何も
しない訳には行かないだろう?」
「勿論だ。俺だってこう言う時どうしたら良いか分かってる。」
「そうか。良かった、なら一緒に───」
「見なかった事にするっ!」
「───何?」
“キョトン”とした顔のダンディフェイスな相棒へ。
「絶望的な状況を前にして特殊能力も無い、一般人な俺に出来る
事? そりゃ現実逃避に決まってる!」
「おま、何だと?」
「だから、見なかった事にするんだよ。こんな現実、あ、仮想か。
そんなモンは無かったと、俺は全力で否定する事に決めました。
はい、もう議会も承認済みなのでこの話を今後しないでくだ
さい。したら罰則ね。」
「何だその巫山戯た議会。」
「あ、俺議会侮辱罪。」
「くだらない事言ってないで、良いから一緒に解決策を考え
るぞ。」
「……やだ!断るっ!」
俺は耳を塞ぎ目を閉じ、テーブルに頭を沈め。
「あーあーあーあー。」
「子供見たいな真似するなよ。……!?」
相棒が俺の身を起こそうとするが、全力で抵抗する。基本近接
武器をよく使う俺に。
「相棒の筋力で勝てると思うなよ。あーあーあー。」
「こ、此奴っ!」
早口で忠告したのが気に障ったか。さっきよりも強い力で俺の腕
を剥がしに掛かる。相棒意外にも力があるな! だが負けんと俺も
更に抵抗して見せる。
そんなみっともないやり取りをしている所に、また別の人影が近
付いて来て。
「おお麗しき友情ですな、ブルクハルト殿にルプス殿。」
「……何処が? どう見てもアホを周囲に晒してるだけで
しょ?」
厳つい甲冑に身を包んだ男と、黄金色の毛並みの小柄な獣人。
二人は俺と相棒の知り合いで遊び仲間の。
「モロコシとリュゼ。」
甲冑の玉蜀黍と獣人のリュゼ。二人の登場により俺達は取っ
組み合いを一時中断する事に。二人は俺の事情を知らないか
らな。
「二人一緒でどしたよ?」
「「……。」」
尋ねた二人が一度互いの顔を見合わせ。
「まあまあ。取り敢えずお二人共招待送りますので、PTに入っ
てくだされ。」
「……。」
動いたのはモロコシ。リュゼは何故か我関せずと言った様子。
「遊びの誘いか? 悪いが自分と此奴は今取り込み中だ。」
俺が何か言う前に相棒が断ろうとする。確かに差し迫った問題が
あるのだから、断るのが当然だろう。だがっ。
「良いぜ。」
「おい。」
「相棒。俺は仲間や友達からの誘いは滅多に断らない主義だ。」
「知ってる。けれど今は───」
説得しようとするが、説得される積りの無い俺はモロコシへ片
手を上げて見せ。
「ヘイカモン!」
「了解でござ!」
飛んで来た申請を直様承認。そして此方を鋭い……鋭すぎる殺し
屋な視線を此方に送る相棒へ。
「……す、少しでも皆と一緒に遊んで居たいんだよ俺はさ。勿論
相棒とも。」
「随分と卑怯な言い方をするな、お前。」
「うぅ。」
「……はぁ。まだ話は終わってないからな。」
此方を刺すような視線で見下ろしていた相棒は、溜め息を一つ吐
いてはモロコシへ視線を移し。
「玉蜀黍、此方にも申請をくれ。」
「承知。」
PTメンバーリストに相棒の名前が増える。俺は側の相棒へ。
「ありがとな。」
「話は終わってない。」
「ういうい。」
これは後でこってり絞られるパターン。良いさ良いさ。
今楽しめる時間が限られていると言うなら、最高に楽しんで過ご
したい。そんなどう仕様もなく刹那的な思いを察したのか、それ
ともただ単に呆れたのかは分からなけど。兎に角これで相棒も一
緒に遊ぶ事に。
「それで? 何すんだ? 言っておくが今日の俺は絶っ好調、
だぜ?」
「おおそれは心強いですな!」
「? ルプルプ何か良い事でもあったの?」
「ああ。大切な仲間の二人に、こうして遊びに誘ってもらえた
からな。へへ。」
ちょっと恥ずかしくて臭い台詞だが、これが俺の今の素直な気
持ちだ。不安で仕方ない時を過ごさなきゃと思ってたが、よく
遊ぶこのメンツで最後の思い出作りが出来る何て。
「俺はラッキーだよ。二人が友達でさ。」
「「……。」」
二人共白い目、と言ってもモロコシは兜で分かんねーけど、多分
呆れた感じで此方を見ている。良いんだ良いんだ、伝えられる時
に伝えとかねーとよ。
「いや。その。某も、某も嬉しく思っておりますです、はい。」
「おう。」
「まあ……。ルプルプからそんな素直な言葉聞いたら、アタシ
だって嬉しいに決まってるじゃん。」
「おう!」
「「だから怒らないで欲しい。」」
「おう。……ん?」
モロコシもリュゼも何だか様子がおかしい。怒らないで?
「怒る訳無いだろ? 大切な友達のお前達の事を。」
「そうでござるか! いや懐の大きさには敵いませんなぁ!」
「……アタシ其処まで開き直れないんだけど?」
そこそこ長い付き合いだから二人の様子がおかしいと分かる。
しかし何の事だろうか? 悩む俺の肩を、隣で静かだった相棒
が不意に叩き。
「PTで受けてるクエストを見てみろ。」
「「!!」」
「んー?」
クエスト一覧には一つの受注クエスト。俺は相棒に言われた通り
詳細を確認。内容はあるダンジョンに落とした装備品の回収、と
言うクエスト。しかしそのダンジョンは中々の難易度で、しかも
危険度の高いフィールドだ。
特定のフィールドには危険度と呼ばれる物が存在し、危険度の高
いエリア、ダンジョンやフィールド探索には危険度に見合った制
限やデメリットが設定されている事がある。今回の危険度設定で言
えば倒された際のアイテムドロップ、またPVP解禁フィールド、エ
リア等だ。
このゲームの中堅層ぐらいであろう俺は危険度の高いフィールド
も行ったりする、が。普段俺はPVP解禁フィールド、エリアには行
かない主義だし、何よりも。
「これパスしない? 回収品もそんな良いモンじゃないし。」
「んん。いやそれがその。」
「?」
「ルプルプ破棄条件。」
キョドるモロコシにゲンナリした様子のリュゼ。
破棄条件。とは受けたクエストを破棄した際に科されるペナル
ティ、またはキャンセル料とでも言うべき物。
一般的にNPCが関わって発行されるクエストならば、破棄条件を
其処まで気にする必要は無い。ただし。
「破棄したら……はぁ!? 何だこのボッタの罰金はよぉっ!
回収目的の装備よりもうんぜん倍じゃねーか! アホか!」
PCが発行したクエストならば例外だ。
此処は自由度が高いゲーム世界。なのでクエストと呼ばれる物
も、PCやPCが運営する店、ギルド等などからも発行する事が
出来る。しかも契約内容を好きに設定出来るので、この様に難度
に全く釣り合って無い金額設定なども可能。
なのでPC発行のクエストは特にその契約内容、取り分け金銭に付
いての項目は必ずチェックが必要だ。
幸い現実の契約書ほど複雑なモノでは無いし。クエスト内容の鑑
査を請け負ってくれているPCの団体がおり、彼らが優良PCである
と判断すると優良クエスト発行主として登録され。特製スタン
プアイコンと彼らが公開しているリストに載る事に。
登録された側はクエスト発行時にその旨とスタンプアイコンを書
き入れ、受ける側がリストでそれを探す、等が一般的だろうか。
彼らの活動は古く、始まりは詐欺クエストの蔓延期にPCクエスト
が全く機能していない事を憂い、立ち上がった有志達だったと
聞く。
地道な彼らの活動は運営にも認知され、ゲームチュートリアルで
はPCからのクエスト受ける場合は、彼らの鑑査評価を基準にする
と良い。等と言われる程だ。まあ。
「なんてこたぁ初心者が一番最初に叩き込まれる事で、殆どこん
なモンには引っかからねぇんだよなぁ。モロコシぃ。」
「……。」
これは間違いなく悪質で、悪意たっぷりのクエスト内容。しかも
鑑査を通してない野良クエストって時点で大分怪しいと分かる。
つーか引っ掛かるか、今時これに。
「それにPTクエストって事は、PTを抜けたら破棄した事になっ
て罰金取られちまうって事で……。おいおいおいモロコシぃ!」
チュートリアル飛ばして無警戒な正真正銘の初心者でも、ギリ騙
されるか? って代物に騙される形で参加させられた俺が、怒りを
乗せて叫ぶ。すると。
「申し訳ない! またやらかしてしまいました!」
モロコシはその場で綺麗な土下座を披露。甲冑で土下座? とか
の定番ツッコミも今この瞬間は出てこない。ここゲーム内だし。
俺が土下座するモロコシに近付く、その後ろでは相棒とリュ
ゼが。
「玉蜀黍は兎も角として、リュゼもか?」
「アタシはクエスト選び任せて買い物してたの。だから気付いた
時にはーって感じ。アンタ達を誘う事には口を挟まなかった
わよ。」
「知ってて黙ってたら加担も同然だろうに……。」
等と会話を繰り広げ、リュゼの言葉に相棒が“やれやれ”と呟く
のが聞こえた。それらを聞きながら俺がモロコシの前に立つと。
「ルプス殿っ。仲間を、友達の拙者を助けてくれますな?
拙者こんな罰金払えないでござ!」
「あ? 払えんだろ。俺と相棒、それにリュゼの分も。」
幸いと言って良いか分かんないけど、罰金の金額が中途半端な
高さなので、モロコシ程度のプレイヤーなら払える額だ。自分
の装備品を売り払えば、だけど。
「む、無体な! 装備一切合財質に入れてやっとでござるよ!
そんな事したら拙者破滅してしまうで候!」
「……。」
大切な仲間でお友達“だった”モロコシ君を見下ろし。俺は
最高の笑顔で。
「お前『**********』。」
「ル゛ブズ殿ぉぉおおおおおおおおおおお!」
店内に情けない叫びが木霊する───
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