16.三日月

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16.三日月

「一番特徴的な装備はこれだ」  アイングロバーバルの腹の中。通称、「鯨の胃袋」の中で機種転換訓練に伴うブリーフィングが行われた。  映し出された新配備のブレインアーマーと装備武器の資料を示して、アイヒマンの副官が説明を続ける。  ヤンが、ピューと口笛を吹いて茶化した。同じリプレイスメントの人口口蓋なのに器用な奴だとケイスは思う。  スラリと伸びた刀身。まっすぐでもなく、かといって曲がりすぎてもいない、美しく反ったフォルム。ブレインアーマーの指にあわせて作られた柄と、美しい文様がきざまれた鍔。  全長八メートルの日本刀(ジャパニーズソード)。ブレインアーマー用に作られた、銀色の液体のように輝くその刀身。  刀工が、BMI技術を応用して作られた巨大なマニュピレーターとハンマーで制作したという。  芸術品と呼んでも良い、すばらしい出来映えのその刀身は、少しやり過ぎの感は否めないが、それでもケイスは良い物だなと思った。  超硬合金製の刀身は、力の使い方さえ間違いなければ、ブレインアーマーの装甲も切り裂き、ソフトアクチュエーターと内部フレームや器官を断つことが可能なはずだ。 「ブレインアーマー同士の戦闘の場合、その運動性能が発揮されると、銃器を使用しての攻撃は命中率がかなり低下する。装甲によって耐久性も高く、鉄鋼弾や成形炸薬弾を使用しても、連続して当てない限りダメージを与えにくい。また、装甲もさることながら、その運動性、機動力を発揮しあえば、着弾自体が難しくなってくる」  副官が説明を続けた。その間、模擬シミュレーションの映像が映し出される。 「接近してこいつで闘えってことか。いいねぇ。切り刻んでやるよ」  ヤンが自分の機体に装備されている、少し短めの二本の刀を指さす。新しいおもちゃを与えられた子供のようにうれしそうだ。 「そうだ。この日本のサーベル、日本刀は世界で最も効率的に人体を切り刻むことができる刃物だ。人工筋肉と骨格フレームで構成されたブレインアーマーにダメージを与えやすい」  メイサは黙って前を見つめている。メイサの機体に装備されている刀は二本だが、ヤンのものより更に短い。  装備は他に、ハンドガン、サブマシンガン、大型マシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、グレネードランチャー、ミサイルポッド、碗部スパイク等々、多岐に渡った。  そして、本体。新しく配備されたブレインアーマーは、タイプ名「三日月」と呼ばれて紹介された。  全高一九メートルの巨体が、巨大なペイロードの中に浮かび上がる。  三菱重工業と富士総合火力工業がメインで製作を担当。装甲はアメリカ製、装備品はフランスとドイツで開発されたが、本体の設計とデザインは日本とフランスが共同で行ったそうだ。  あの日本の着物、振り袖を着たようなデザインの朱色のブレインアーマーとは違い、日本の中世に使用されていた、鎧武者のようなデザインをモダンな形にアレンジしている。装甲の色は、銀をベースに黒のコントラストで描かれ、鋭利で鋭い印象を与える。頭部に突き出た大きな角が、東洋の「鬼」を連想させた。武装や装甲など、現在の航空、軍事技術ではイギリスやフランス、ドイツ、アメリカに劣る日本だが、ロボット技術、ブレインアーマーのテクノロジーは西側でも群を抜いている。  そして、装備品の日本刀もさることながら、その最大の特徴は、反重力システム「オリハルコン」がバックパックに装備されていることだった。  日本宇宙開発機構の協力のもと研究開発が行われた、反重力システム「オリハルコン」。宇宙開発で得られた超高密度流体をコイル状に圧縮、超伝導技術を応用した加速器で光速度まで加速することで、反重力生み出す。GNPにして数百年分の予算投入が必要と言われた反重力システムの開発を、極東の島国の技術者達が単独で開発に成功。米では航空機産業の世界的な巨大コングロマリット、ロッキードマーティン社が追って研究しているが実用化に至っていない、究極の飛行システム。あの、朱色のブレインアーマーにも搭載されていたシステムと同等のものだ。  バックパックからは申し訳程度の空力翼とコイルを納めてある円柱系のタンクが大小合わせて八本飛び出している。この中の四本の制御棒で飛行をすることになる。 「明朝から訓練を開始する。資料は各人のサーバーに送ってあるから、今夜中に頭に叩き込んでおけ」  解散が告げられ、アイヒマンとヤンは共に何か話しながらハンガーを去って行った。 「これに乗って、また闘うのね」  今日も調子が良いのか、メイサの方からケイスに声をかける。 「今度は、なんだか、うまくやれそうな気がする」  そう言って、メイサは首をかしげた。 「そうだな。どんなことにも慣れていけるのかもな」  珍しく前向きなメイサを励まそうと、ケイスが言った。 「うん、あなたが・・・」  メイサが言いかけると 「ケイスさん!」  ヴァレンティナとレイチェルがこちらを見ていた。 「ケイスさん。何か私に隠し事していませんか?」  レイチェルの声にケイスがドキリする。まさか、補助脳にインストールしたレイティナのことか?  レイチェルが詰め寄ってきて、 「私たちのこと食事に誘わなかったでしょう」  わざと口をふくらませてレイチェルが言った。 「いや、それは、他のスタッフが忙しいから、無理と言ってたから」 「みんなで、ピザとか、ずるいです。ケイスさんのお友達も紹介してもらってないし」  下から、見上げて頬膨らませる。 「私は、ケイスさんのスイッチをいれたお母さんなんですからね。ちゃんとしてくれないと悲しいですよ」 「わかったよ。レイチェル。今度は必ず」  ぷぷっと笑ってレイチェルがケイスに笑顔を向けた。 「嘘ですよ。しばらくは無理ですね。作戦が終わったら、必ずですよ」 「レイチェル行くよ。ケイス!後で、検査室へ。明日、こいつに接続するインターフェースを入れるよ」  ヴァレンティナが後ろ向きに手を振り、レイチェルが後に続いた。  ケイスが振り向くとメイサの姿はもう無かった。  シミュレーターを使用した機種転換訓練が終了すると、実機による訓練が始まり、まもなく、本格的な対バジリスク戦用の連隊訓練が開始された。  モータードレス、大型輸送ヘリCH−47チヌーク改、垂直離着陸(STOVL)戦闘機のF−35Eライトニング、そして、前線指揮所として、小型のランド・デストロイヤー。  一個連隊規模での作戦行動になる。 「先に行って、露払いしといてやるぜ」  リックは前面ハッチを開けたヘルメットの中から真っ白な歯を見せて、ニヤリと笑った。  ケイスに背を向けるとそのまま、ローターの回り出したチヌークの後部ハッチに走り込む。  前線指揮所と、後方支援所の設置のため、モータードレス部隊は大型ヘリに積まれて先行することになった。  モータードレス隊員の中には士官学校を出て初めての実戦になるものも多い。  チヌークのペイロードに満載され、イスラエルの茶色に曇った空に飛び上がっていく。上空を援護のライトニングが五機先行しているはずだ。  ケイスのブレインアーマー三日月にも搭載できる装備を可能な限り取り付けてある。  この換装重量でも、新飛行システム「オリハルコン」は安定した戦闘航行が可能だという。  ケイスは巨大な黒鞘に入った日本刀がしっかりと腰に装備されているのを見上げた。  イギリス軍の軍事教程の中には、フェンシングとサーベルが入っている。騎士道精神と大航海時代の名残で、世界中でも珍しい教程だ。ケイスは他にナオミから木刀を使用した訓練を受けていた。もっともそれは、長い刃物を持った相手に対する訓練に使用され、ナオミが振り回す木刀を瘤だらけになって受けている方が多かった。  東洋の特に、日本の武道に詳しいナオミのことを不思議に思い、ケイスは以前、本人に聞いたことがある。ナオミは「父から習っただけだ」と言っただけで、あまり多くを語らなかった。  巨大な三日月のコクピットまでタラップを上がり、ハッチを開くと、全身を包むような形のシートが現れる。  ケイスが身を乗り込ませて身を横たえると、保護コームが緩やかにケイスを包み込み、耳の後ろのソケットにプラグが自動で差し込まれる。その瞬間から、三日月とケイスの脳の同期が開始する。三日月の全身に張り巡らされた神経系に緩やかに自分の脳が接合していく感覚。そして、自分の手足が巨大な風船の様にドンドンとふくらみ、質量と容積が増していく。  手を閉じたり開いたりすることによって、どちらの肉体を動かしているのか、はっきりとしてくるまで、ゆっくりと待つ。  すると、だんだんと、容積の大きい手の方が自分の手の感覚に近づいてくる。  呼吸を深くゆっくり行うイメージで、拒否反応を防げることをケイスはマスターしていた。  ゆっくりと瞼を開けることイメージする。そこは、巨大潜水空母、アイングロバーバルの甲板。しかし、見上げる星空はいつもより近く、見下ろす海面は遠い。 「ケイス。良い感じだ。インターフェースも順調に同期している」  ヴァレンティナの声が聞こえる。 「了解」  大きく響く自分の声。人間に操られる、巨大なモンスターになった気分。  いつもより遙かに高い位置から眺める青い水平線と空。  上空を白いカモメが一羽、悠々と舞っていた。  大分上空を飛んではいるが、ケイスが巨大な手を伸ばすと、それはつかめそうな気がした。
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