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アチラのお医者さんとエルフの親子2
先生はおなじみの白衣すがたになると
「とにかく、これでとりあえず紫水晶事件は落着です。あなたとジェームス君にはお世話になりました。ありがとうございます」
とぼくと、その肩にとまるジェームスに頭を下げた。
ぼくはちょっと不満だ。
「そんな、ぼくは助手なんでしょ?なのにイチイチ礼なんてしないでください」
ぼくのことばに先生はほほえんで
「そうでしたね、いやこれは失礼。それで、いかがですか?学校の方は。慣れましたか?」
「はい、だいぶん。クラスメイトはみんな、ふつうです」
かむのに引っ越して最初にアチラモノと知り合ったせいか、クラスメイトの子がふつうなのが逆にヘンな感じがした。
「はっは、ふつうですか、そりゃそうでしょう。あの小学校には『今のところ』アチラモノは通っていないはずです。でも、あんまり油断していたらダメですよ。かむのは、たとえ小学校でも、どんなとっぴなことがあるかしれませんから」
「先生、そんなおどかすようなことをおっしゃってはいけません。いまからホウイチくんはちゃんとしたコチラのお友達をつくらないといけないんですから」
ヨシノさんのお小言に先生は首をすくめると
「そうでしたね。それより私も帰ってきたばかりでつかれました。ごいっしょにお茶でもどうです?」
「ちょうど、岩虎(いわとら)屋の海鮮おかきがあります」
「それはいい。あそこのおかきは、エビとイカがたっぷりねりこんであってね。なかなかとちゅうでやめるのがむずかしいんですよ」
「――いいんですか?」
と言いながら、すでにぼくの口はおかきにそなえていた。
診療所に来るといつもヨシノさんがお茶とお菓子を出してくれる。
ぼくは決してそれにつられてやってきているわけじゃない……けど、たのしみなのはまちがいない。
るんるん気分でおかしが来るのを待っていると、インタホンが鳴った。
「だれですかね。まだ診察時間ではないのに」
ヨシノさんはお茶の用意も半ばに応対に出た。
「のんのん先生、お慈悲でございます!どうぞ息子をお救いになってくださいまし!」
診察室に息せきこんで入ってきたのは、ぼうしをかぶった二十代ぐらいのきれいな白人の女の人だ。とても流暢な日本語をあやつっている。
「ちょっと!まだ診察時間ではありませんよ」
そう言っておしとどめるヨシノさんを押し切って無理に入ってきたのだ。
「まあまあ、落ち着いて。いったいどうなされました?」
そう言いつつ、先生はぼくに目で合図した。
どうやら残念ながら、おかきはおあずけみたいだ。
ぼくはなごりおしくも診察室を出て行こうとしたが
「ああ、そちらが有名な『サカイモノ』の助手さまでらっしゃいますね?――ああ、ぼっちゃん!どうぞ、あなたさまもわたくしをお見捨てになされず、力をお貸しくださいまし!」
サカイモノというのは、ぼくみたいにコチラモノのくせにアチラモノとふつうに交わることができるもののことを言うんだそうだ。そして、のんのん先生はぼくのことを助手としてかむののアチラモノじゅうに宣伝していた。
なんでも安全のためらしい。
「――なにせサカイモノはまれですからね。ちゃんと言っとかないと、あなたと会ったときアチラモノたちがどんな行動に出るかわかりません。その点、わたしの助手だと知っていれば、ヘンに手を出すモノは、このかむのには、まあいないでしょう」
先生がぼくを助手にしたのは、ぼくがいるとたすかるというより、ぼくを守るためみたいだった。それはもちろんありがたいことなのだけど、とまどうこともある。
このあいだも道をふつうに歩いていると、急に側溝からぬめぬめとした大ナメクジが前を横切って
「ああ、のんのん先生の助手さんでゲスネ。いいお日和でヤス」
と、あいさつされた。
おもわず「はい、こんにちは」と返したけれど、まわりのコチラモノはだれも反応してなかった。
人に知られていないところで有名になるのはヘンな気持ちだ。
とにかく「あなたがいいのなら同席してもらいますか」とのんのん先生が言うので、ぼくはよろこんで診察室にのこった。
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