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アチラのお医者さんとエルフの親子3
でもいったい、この女性はなんなんだろう?
かむのみたいなちいさな町にも、外国の人がいるんだとぼくはおどろいた。見た目は、まるでモデルさんか映画女優さんみたいにきれいなおねえさんだけど、日本語がすごく上手だ。
しかし、先生には彼女が何者かすぐにわかったらしい。
「ええっと……あなたは移民妖精ですね?」
言われた女性は、かぶっていたトーク帽(のレース)をはずした。
ぼくはびっくりした。その耳が、ふつうではなくピンととんがってたからだ。まるで、このあいだ見た「スター・トレック」って映画に出てくるミスター・スポックみたいだ。
目を丸くしているぼくに、女性はほほえんで
「ああ、助手さんはさすがにこの耳がわかるのですね。生活に不便なのでコチラモノには、ただの丸い耳に見えるようにしてあるのですが」
生活に不便って、どういうこと?
ぼくがふしぎな顔をしていると先生が
「こちらの方は、アチラモノであることをかくしてコチラモノとして生活を営んでいらっしゃるんですよ」
「えっ?そんな人……じゃなかった、アチラモノもいるんですか?」
「アチラモノ全体から見ればごく少数ですが……まあ、アチラにもいろいろ事情がありましてね。この方のように故郷を離れてかむのに住んでおられる方もいるのですよ。かむのは日本のなかでも特に、アチラモノには住みやすいところなんです」
ぼくに説明すると、先生は訪問者にふりなおって
「あなたはエルフですよね。北ヨーロッパからいらしたんですか?」
えっ!エルフって「指輪物語」にでてくるあのエルフだよね。
「はい、左様でございます。スカンディナヴィアから息子と二人、このかむのに移り住んで、もう一〇〇年ほどになります」
一〇〇年!とても、そんな年齢に目の前の人は見えない。
「わたくしはジョゼフィーヌともうします。ふだんは英会話学校の教師としてたつきを得ております」
「たつき」って、なんのことなのかわかんないから、あとでヨシノさんに聞いたら「生活の手段」のことなんだって。このエルフさんはなにせ一〇〇年も前から日本にいるから、ぼくなんかよりよっぽど日本語に強くて、しかも古風だ。雰囲気がちょっとヨシノさんに似てる。
英会話学校の生徒になると英語の前に、ジョゼフィーヌさんの日本語を理解するのに苦戦しそうだ。
「――そしてその息子と言うのが、女一人で育ててまいりましたが、これがもう一五〇歳になりますのにちっとも勉強をいたしませんで、ぶらぶらしておりました」
これもあとで先生に聞いたことだけど、エルフというのは年を取るのがとてもおそくて、せいぜい人間の一〇分の一ぐらいのスピードらしい。だから一五〇歳と言っても人間にしたら、まだ中学を出たぐらいの若者だそうだ。
「わたくしとしましては、この先、コチラの世界で生きていくためにもせがれには学をつけて、きちんとした職業についてほしいと思ったのでございますが、これが、まったくわたくしのもうすことになど耳をかしません」
息子のことを延々とぼやくジョゼフィーヌさんに、のんのん先生も少し目が点になっている。
「あの……人生、いやエルフ生(せい)相談でしたら、こんな診療所ではなく、もっと他に良い場所が……」
おもわず出た言葉を、しかしジョゼフィーヌさんはみなまで言わさず
「いいえ、人生相談ではないのです。治療をお願いしたいのです。まあ、おききください。――そうやってここ10年ほど、息子は学校にも行かず、これと言った定職につくわけでもなくふらふらしておりました。家におりましてもろくに口も利かず、食事もいっしょに囲まず別々に、という暮らしが続いたんでございます。これがどれだけわたくしにはつろうございましたことか……」
そこでジョゼフィーヌさんは、あふれる涙をハンカチでぬぐった。
「はあ……それはご心痛でしたでしょうね」
先生がてきとうなあいづちを打つと
「しかし、そんなふらふらしていた息子が半年前、急に就職すると申しました」
「就職?よかったじゃないですか?」
先生が気軽に口をすべらすとジョゼフィーヌさんは、激昂した。
「いいことなんてございません!なんと、あの『ブロッケン塗装』に就職するなどと申しますのでございますのよ!」
「ブロッケン?ああ、あの北かむののペンキ職人のドワーフですか」
ドワーフってあのドワーフだよね?ずんぐりむっくりしてヒゲもじゃで背の低い……もうっ!まるっきり『指輪物語』だよ!
エルフとドワーフって、夢の組みあわせだ!
そんなぼくのひそかな興奮とは別に、ジョゼフィーヌおかあさんは、そのかっこうのよい耳をつんつんさせながら声を荒げた。
「なんてことをおっしゃるんです!あんなドワーフの工房に、ほこり高いエルフが徒弟に入るだなんて!しかもペンキ屋など……あんな化学薬品、もともと森の民であるエルフにとっては汚らわしいだけの代物です!」
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