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アチラのお医者さんとエルフの親子6
のんのん先生とぼく、そしてジェームスはかむの駅を過ぎて、北の工業地域に入った。
先生によると、このあたりは古くからの市街地とはちがって、戦後に田んぼを開発した地域で、広い土地を必要とする工場や職人さんのお店が多いらしい。このあいだシロタヌキたちとあらそった冷凍食品工場のあととか、だだっ広い古タイヤ置場なんかが遠くに見える。
ぼくらの目的地は、ジョゼフィーヌさんの息子さんが勤めているというペンキ屋さんだ。
「――ブロッケン親方というのも古い移民妖精ですよ。第一次世界大戦中のドイツから混乱を逃れてやってきた、化学が得意なドワーフです。お金もうけが好きで、いろいろな商売をしてきたんですが、なにせケチでね。目先の利益ばかり追いかけて結局大きなところで損ばかりする、かわったアチラモノです。ペンキ職人として腕はいいですが、人づかいはあらいですね」
歩きながら説明してくれる先生に
「ペンキでアチラモノの頭がおかしくなるなんてあるんでしょうか?先生」
と、ぼくはたずねた。ジェームスも肩にのせてつれてきているからちょっと心配だったのだ。
「それはどうでしょうか?たしかにエルフはもともと森の民ですから清浄を好みます。化学物質への抵抗力は低いかもしれません。しかし、ブロッケン親方はすぐれた化学者ですから、そのあたりも問題ない品をつくっていると思うんです。……だいたい、仲が悪いから大きな声ではいえませんが、ドワーフとエルフというものは、もともと種族としては近いものですからね。ドワーフが使って大丈夫ならエルフにも大丈夫だと思いますよ」
「じゃあ、おかしくなったっていう原因は……?」
「さて。あのお母さんの言うことをどこまで鵜呑みにしていいのやらわかりませんからね。子育てに対してずいぶんかたよった思いこみがあるみたいでしたから。ほんとうは、ただの反抗期で、あんまり口うるさいお母さんに対してヒステリックになって息子がとびだしただけかもしれません。まあ、親方に聞けば何かわかるでしょう。――さあ、つきましたよ」
「ここ……ですか?」
ブロッケン親方の工房は安いベニヤ板でおおわれた、まるでほったて小屋のような店構えだった。よけいなことにはお金をかけたくないという店主の気持ちが出ている。木材の切れっぱなしのような看板にきたない文字でBROCKENと書かれてあった。
先生が声をかけると、中からペンキだらけのダボズボン、頭にタオルを巻いた、いかにも職人風のちいさな男の人が出てきた。
「……はい」
とんがった鼻の下にチョビヒゲをはやしてる。「ああ、どうもお仕事中失礼します。わたしは中町(なかまち)のほうで医者をしてます野々村ともうします。親方はおられますか?」
「……はい」
小さい体でひょこひょこと引っこんだのを見て、先生はぼくにささやいた。
「いまの職人はゴブリンですね。ブロッケン親方は、種族にこだわらず従業員をやとい入れる、めずらしいアチラモノです。同族のドワーフばかりだと人件費が高くなるからとはいえ、身内意識の高い妖精にはなかなかできることじゃありま……うん?」
先生は、ことばのとちゅうで、なにかに気づいたのか鼻を引くつかせている。
「どうかしたんですか?」
「いえ……ちょっとね、においが」
たしかに、工房中にはペンキだろう、いろいろなにおいがあふれていた。ぼくにはなにがなんだか区別がつかないけど、くさくていられないっていうほどじゃなかった。ジェームスも平気でペンキ缶の上を飛びまわっている。
しかし、先生はなにが気になるのか、しきりに鼻を動かしていた。
そのうちに、おくからこれも背の低いおじさんがのっそりとでてきた。。
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