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アチラのお医者さんとエルフの親子8
「まあ、あんたも知ってのとおり、おれはもともと種族にこだわらんほうだからな。安い給料でいいっていうから、やとうことにした」
「働きぶりはどうでしたか?」
「はじめのうちは、あんな細くて青っちろいのにこんな仕事がつとまるか半信半疑だったがな。使ってみると、エルフのわりにものおぼえも悪くないし、意外と辛抱強い。職人に向いてるタイプだ。あのママのほうはメンドくさいが、息子はまともだな」
「ああ、ジョゼフィーヌさんもこちらに来ましたか?」
「来たもなにも、最初のころは電信柱にかくれて息子の働きぶりを見に来てたな。俺にもカゲからいちいちクレーム入れたりしやがって、まったく、めんどうなママだぜ」
いかにもにがにがしそうに親方はヒゲのないアゴをさすった。
(ドワーフのアゴって、われてるんだな。やっぱりヒゲがあった方がかっこいい)
とぼくは思った。
「でも、まあエアーノスが、そのたびにオレに頭さげてな。『母親はひとりで自分を育ててきたから、ちょっと行き過ぎたところがある。もうしわけありません』って。『おわびに給料下げてでも使ってください』ってかわいいこと言いやがるからな。それで、また安く使ってたんだ、ゲヘへ。」
……いま、とてもひどいことを聞いた気がした。先生の言っていたとおり、かなり親方はがめつい雇い主のようだ。
が、先生はさっきとおなじで、そのあたりにはふれず
「あのペンキは、親方が開発なさったんですね」
と、店の奥には山積みになったペンキ缶を指さした。
「おお、オレが実験に実験を重ねて作ったもんだ。成分としてオオヨダレクリをつかってな。おかげで耐久性は最高だぜ」
「オオヨダレクリ?」
おもわずぼくがつぶやくと、親方はぼくにやっと気づいたようで
「なんだ?このガキはコチラモノじゃねえか……ああ、これがウワサのあんたの助手ってやつか。なんだオメエ、ヨダレクリ知らねえか?」
ぼくがコクンとうなずくと、はたから先生が
「オオヨダレクリというのは地下の水脈に住んでいる、大きななめくじみたいなアチラモノです。それがまた、ネバネバとしたヨダレを滝のようにたらすんですよ」
「ナメクジ……」
それって、もしかしてこないだぼくにあいさつしてきたやつかな。すごくネバネバしてたもんな。
「おう、そうよ。それを顔料と混ぜると、いい塗料になるんだ。そのうえ安い。なにせオオヨダレクリはかむのの下水に群れをなしていやがるからな、取り放題でタダみたいなもんだ」
親方は、グワッハッハと豪快にわらった。
しかし先生はけわしい顔になった。
「アチラモノの成分を含んだ商品をコチラモノ相手にも使ったりして、なにも問題は起きないんですか?」
「うん?そりゃ、おめえ、だいじょうさな。たまーーっに、ぬった壁から、まよえる霊がまぼろしみたいに飛び出ることはあるみたいだがな。まあ、でもいいだろ?それぐらい。リアルな3D映像だと思えば」
「……だめじゃないですか。アチラモノの成分を不自然にコチラに固着させるから、そんなヘンなことが起きるんですよ。しかも、下水に住んでるようなヨダレクリ、どんな有害物質をふくんでいるか知れたものじゃないでしょう」
「そりゃだいじょうぶだ。なにせおれさまは天才化学者だからな。不純物質の除去はカンペキよ」
口のまわりについたきなこをとばしながら親方はわらう。
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