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アチラのお医者さんと光るトカゲ9
お母さんはもう起きて仕事に行っていた。
ぼくはお母さんが握っておいてくれたカツオ節とウメボシのおにぎりを食べると、十時になるまで待ってから、リュックサックをせおって、コーポまぼろしに行った。
起きたときは、昨日のことは本当は夢だったんじゃないかと思ったけど、コーポまぼろしは本当にあった。
昨日は夕方のうすやみだったからそんなにわからなかったけど、本当にボロッちい小さなアパートだ。
102号室の前に立ってインタホンを押したけど返事がない。
おかしいな、まだ寝てるのかなと思ったら、中から声がする。
ドアノブに手をかけると鍵もかかっておらず開いた。
コソッとのぞくと、待合室には誰もいない。
ただ診察室の方からのんのん先生と誰かが大声でどなり合っているのが聞こえた。
しばらくすると診察室のドアがパーンと開いて、なかから血相を変えた、いかついおじさんが出てきた。
トレンチコートに中折れ帽すがたで、牛みたいに体が大きい。
ふてぶてしい面構えで診察室の方を振り返ると、こわいかおで
「おぼえてろよ、後悔するぞ!」とすごんだ。
ぼくを見ると
「どけ、ガキンチョ!」と吐き捨てて外へ出ていった。
「こどもになんて口をきくの!承知しないわよ!」
ヨシノさんが追いかけて、背中に向かってほえた。青白い顔をして、意外とはげしい気性の女の人だ。
「……やあ、これは藤川さん。すいませんね、びっくりしたでしょう?不快な思いをさせて申し訳ない」
奥から白衣すがたののんのん先生が出てきて、ぼくにすまなさそうに頭を下げた。
「どうぞ入ってください。トカゲくんの様子を見に来たんでしょう?」
ぼくはすすめられるまま患者用の丸イスに腰かけた。
先生は書きもの机の前に座った。
「……いやあ、なかなかどうもムズかしいことにあなたはかかわったようですね。予想外でした」
「ぼく?ぼくがなんの関係があるんですか?」
「いまの男はあなたが連れてきたハネツキギンイロトカゲをよこせと言って、この診療所におどしをかけに来たんです」
ぼくはびっくりした。
「まさか!さっきの人があの子の飼い主かなにかですか?」
「そうは思いませんね。彼は人なつっこいですけど野生です。飼い主なんてい
ませんよ。
もともとハネツキギンイロトカゲはアチラでも奥深くに住んでいて、他のモノとも交わっては暮らしません。特にこんな人間の生活と重なり合うような地域にはすがたを見せたりしないモノです。アチラはアチラでたしかに危険が多いですが、コチラだって充分あぶない。人間世界になじんでいないアチラモノにとっては生きにくい世界です」
「じゃあ、いったいなんでこの子はコチラに出てきたのでしょう?」
「わかりませんねぇ、それは。しかしこの子にこんなケガをさせたのはさっきの乱暴者か、その知り合いであることはまちがいないでしょう」
なんてひどい奴だ!こんなちっこい子を。
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