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アチラのお医者さんとエルフの親子15
調べてみると、あのジャックというのは、もともとちょっとタチがわるいところがあるらしく、前の仕事先でも問題をおこして、ゴブリンの仲間うちにいられなくなったらしい。
しかし、ブロッケン親方は
「そんなことは、おれは知らなかったな。ただ、安い給料でいいから、って言うからやとったんだ。そぉいえば、多少ウソをついたりサボるくせがあって、つかうのにはむずかしいやつだったが、なにせ給料が安くてすむからな。そのまま使っていたんだ。まさかエルフのこぞうを悪い道に引きこもうとするとは思わなかったな」
「あの親方はケチすぎて、やとうものの性格を見ぬくことができないんです。今までもそれで何度も失敗してます」
のんのん先生はそう言って、ため息をついた。
「だから、今度はそんなことが無いように、ちゃんと釘を刺さなければなりません」
今度の事件のあとでもブロッケン親方の工房にのこりたいらしいエアーノスに、先生は
「なら、ちゃんとした条件で働かないといけません。わたしが親方に言いましょう」
と工房に談判をしに行った。
ブロッケン親方はしぶったが
「ジャックさんがいなくなったうえ、エアーノスくんまでいなくなったら商売が成り立たないでしょう」
と、なかば、おどすように言ったら、エルフの給料も労働環境も上がったらしい。
「たしかにエアーノスくんが入れ墨を入れたのはまずかったかもしれませんが、それよりも目先の利益にばかり気が行って、社員教育や職場環境の悪さに目を向けなかったブロッケン親方にも大きな責任があります。ちょっとは、まともな商売の仕方をおぼえてほしいものです」
と先生は言っていた。
エルフママのジョゼフィーヌさんは、息子がブロッケン親方のもとで働き続けると決めたことに今度は反対しなかった。
おかしくなったのがペンキのせいではないとわかったのもあったし、待遇がよくなったこともうれしかったらしい。
むしろ大さわぎしてわるかったと、ふるさとのスカンディナヴィアから送られてきた自家製のミード(はちみつ酒)を持って、はじめて親方のところにあいさつをしに行ったそうだ。
目先の贈り物(特に酒)に弱い親方は
「なかなかエルフもわかってるじゃねえか」
と言って、よろこんだ。
「エルフとドワーフのささやかな、しかし貴重な和解ですね」
とほほえむ先生に、
ぼくは
「でも、あのジャックっていうゴブリンはどうなったんでしょう?」
と、聞いてみた。
「むずかしいですね。かむのにはもういないでしょう。おそらくジャックは、もうかなり入れ墨に取りこまれているはずです。わたしたちと話していた時も、どこまでが彼の意志だったのかわかりません。――それに、問題は、そのなぞの彫師ですね。ハナキキにも調べてもらいましたが、なにものなのかは結局、わかりませんでした」
「その彫師さんは、こんなふうに入れ墨がかってに動く失敗もあると知っていたんでしょうか?」
紙の上でのたうつ入れ墨を見ながらぼくが聞くと、
先生はむずかしい顔で
「かってですか……わたしは、これはその彫師の失敗ではないと思います」
「えっ?」
「アオグロネチョネチョ自体はそこまで複雑な思考を持っていません。おそらくその彫師は入れ墨を入れた相手の心を支配するように、インクに仕掛けをほどこしたんです」
「そんな!そんなひどいことをどうして?」
「――さて、それは本人にきいてみないとわかりませんが、すごい技術ですね。アオグロネチョネチョをつかってアチラモノの意識を支配するなんて、わたしには無理です」
「先生にもですか?」
ぼくの意外そうな声に、
ヨシノさんがわきから
「先生が『無理』とおっしゃっているのは『自分は、こんなひどいことはしようと思わない』という意味です。『対処できない』とは一言もおっしゃっておられないでしょう?」
と言った。そこには、のんのん先生への全幅の信頼があった。
しかし先生は
「……そうでもないですよ。注意深いエルフのエアーノスくんが顔をおぼえていないということは、相手ははぐらかしの術もつかったのでしょう。今回はともかく、ほかに私に対処しきれないワザをもっているかもしれません。
とにかく、できればこれをつくった相手には、じっとしといてほしいですね。仕事が増えます。治療のたびにひっかかられたら、たまったものじゃないですから」
エアーノスを取りおさえるときにひっかかれた顔を痛そうになでると、先生は
「まあ、気にしてもしかたないですね。それよりホウイチくん。ジョゼフィーヌさんがお礼にと、はちみつパイを持ってきてくれました。いっしょにどうですか?」
と、気を取り直して言った。
「あっ……そうですか。ありがとうございます……」
ぼくのぎこちない返事のようすに、先生はけげんなようすだが、気の利くヨシノさんはすばやく
「きのうの海鮮おかきですね。まだありますよ。それも出しましょう」
と、ことばをそえてくれた。
ぼくは、えへへとわらった。
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