第五章 ただ働き

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「霊斬のなにを聞きたいんだ?」  四柳は千砂を正面から見ると、そう尋ねた。 「知ってること全部」  正座をした千砂はそう言った。 「そうきたか。いったいどうして、あいつのことを知りたくなったんだ?」  千砂は今日あった出来事を、簡単に話した。 「そういうことか。あいつは、あまり自分のことは喋らない奴だぞ」 「だから、直接聞かず、きているんだよ」  千砂は苛立ちを込めて言った。 「そう急かすなよ。教えてやるから」  千砂が落ち着いたのを見計らって、口を開いた。 「おれが霊斬と初めて会ったのは、十年前だった」  四柳は遠い目をして、当時のことを語り始めた。  夜中に診療所の戸を、乱暴に叩く人物がいた。 「いったい誰だ! こんな時刻に!」 「遅くにすまない。手当てをしてもらえないだろうか。金ならある」  十代後半の青年が血塗れになって立っていた。真っ黒の着物姿で、腰に太刀を帯びている。 「さっさと入れ」  四柳はそう命じ、奥の部屋へ通すと慣れた手つきで治療を始めた。  刀傷を全身に受けており、その中でも左腕と左脚が酷かった。  青年は大人しく治療を受けている。 「名は?」  四柳が尋ねた。 「幻鷲」  幻鷲はそれだけ答えると口を閉ざした。  しばらくすると、四柳が声をかけた。 「終わったぞ。念のため、今日はここに泊まって……」 「断る。お代だ」  幻鷲は四柳の言葉を断ち切ってそう言い、小判一両を渡してきた。  ――どうしてこんな大金を……? 「世話になった」  幻鷲は足を引き摺りながら、診療所を去ってしまった。  四柳はその場に立ち尽くす他なかった。 「どうしてあのころの霊斬が、小判を持っていたのか、未だに謎だが、おれとの出会いはそんな感じだ」  四柳は軽い口調で言った。 「他に知っていることは?」 「ない」  即答だった。 「話してくれてよかったよ」 「お安い御用さ」 「手間、取らせて悪かったね」 「気にするな」  千砂はその言葉を聞いて、診療所を後にした。  それから四日後の夜、霊斬は黒一色の長着と馬乗り袴を身に纏い、その上から黒の羽織りを着る。隠し棚から取り出した黒刀を腰に下げる。黒い布で鼻と口を覆う。袋小路へ向かった。  ちょうど次郎もきたところだった。 「よくきたな。お前には最後まで見届けてもらう。こいつの案内に従ってくれ」  霊斬は前もって千砂には依頼内容を話していた。そう言うと、千砂が次郎の前まで進み出た。
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