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第二章 過去の片鱗
霊斬が刀を直していると、急かすように戸を叩く音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ……って、お前か」
霊斬は戸の側に立っている人物を見た瞬間、愛想笑いをかき消した。
「ちょいといいかい?」
そこにいたのは千砂だった。
とりあえず千砂を招き入れ、商い中の看板をひっくり返して戸を閉める。
「仕事はいいのか?」
「休み、もらったんだよ」
霊斬の店を見て、千砂が呟く。霊斬は奥へいくよう、顎で示した。
それに倣い、奥の部屋へ向かった千砂が正座をすると、霊斬も彼女の正面に胡坐をかく。
「……なんの用だ」
霊斬は口を開いた。
「怪我は、よくなったかい?」
「裏稼業を休んでいるから、少しはましになった。お前に聞きたいことがある」
「なんだい?」
「どうして、俺の名を知っていた?」
「長く裏にいるせいかね。有名なんだよ。……しかし、あんたの仕事ぶりには驚いた。依頼人の代わりに命を懸けるなんてさ」
「依頼人の憎悪や悲哀に比べたら、俺の命は安いもんだ」
驚きを隠せなかった。そんなふうに自分の命を軽々しく扱うこの男に。本来なら平手打ちでも喰らわせてやりたい。が、よほどの事情があるのだろうと思い、それ以上の追及はできなかった。
「お前はどうして、情報屋をしている?」
「一人で生きていくためさ」
霊斬は苦笑して、物思いに耽った。
これまで依頼人の憎しみや怒り、悲しみを幾度となく見てきた霊斬は、生きることに絶望していた。
幾度となく訪れる依頼人達は、藁にも縋る想いで、頼ってくる。その姿だけでも哀れでならない。彼らの心は救われても、自分は決して救われない。そう思うようになって、ようやく、この仕事が楽にこなせるようになってきた。
未だに過去のことは燻っている。それを気にしていられないほどの、依頼人達の闇を見ると、自分のことはどうでもよくなってしまう。
この仕事をしてから、何度絶望したか分からない。それほどまでに闇が深い仕事だったのだ。自分が始めた手前、最後までやり抜くしかない。
口を噤んだ霊斬は、諦めと絶望がない交ぜになった表情を浮かべていた。
そんな表情を見た千砂は、それ以上見ていられず、静かに店を後にした。
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