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霊斬はそう言い、そばを啜りに戻る。
「な、なぁんだ」
「びっくりした~」
「怒られなくてよかった~」
――まったくこの三人は……。
その様子を見ていた千砂は、呆れる他なかった。
霊斬は依頼について考えながら、無言でそばを啜った。
店に戻ってからも、霊斬の思考はすべて依頼のことに使われていた。
金には困っていないため、少しくらい、働かなくてもいいだろうと思ってもいる。
最近、刀の注文や修理依頼もなく、作る気もないため、霊斬は床に寝転んで考え込んでいた。
頭には、とりとめもない、考えとも呼べない、曖昧なものが浮かぶ。
どうしたらいいか、分からなかった。
ただ、とても、疲れていた。
そば屋にいく気にもなれず、霊斬はそのまま目を閉じた。
眠っている霊斬の横顔に、汗が流れる。
穏やかな寝顔だったのはほんの少し。その寝顔が苦悶に満ちた表情に歪む。
――俺はもう……斬りたくないんだ。
霊斬は夢の中で、魘され続けた。
姿が見えないことを心配した千砂が、様子を見にきた。戸を叩いても応答がない。無礼だと思いつつ、戸を開けて中に入った。
霊斬の苦悶な表情を見るなり、起こそうと揺り動かす。
「起きな! 霊斬!」
「くるな!」
霊斬は自分の声で目を覚まし、千砂の手を無意識に払いのけていた。
千砂と目が合った。
「悪い」
「どうしたんだい? そんなに汗かいて」
千砂に指摘されて、霊斬は頬に手を当てた。
彼女の言うとおり、びっしりと冷や汗をかいていた。
「嫌な夢でも見たのかい?」
「まぁ……そんなところだ」
手拭いを持ってくると顔を拭い、肩にかけた。
「なにをしにきた」
「様子を見にきたんだよ。朝から、店、開けていないみたいだったから」
霊斬は溜息を吐くと、千砂に言った。
「新たな依頼が入った。決行日にこの近くの袋小路にこい。時刻は日暮れ。俺のことはいいから、もう帰れ」
千砂は店を後にした。
そば屋に戻って仕事をしながらも、霊斬の様子がおかしいと思っていた千砂は、疑念を抱かずにはいられなかった。
仕事を終えた千砂は、四柳の診療所を訪ねた。
「千砂です」
「ああ、嬢ちゃんか。どうした?」
「霊斬について聞きたいことがあってね」
四柳は首をかしげた。
「霊斬のこと? おれが答えられる範囲でなら」
四柳は言いながら、奥の部屋へと通した。
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