第五章 ただ働き

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 霊斬はそう言い、そばを啜りに戻る。 「な、なぁんだ」 「びっくりした~」 「怒られなくてよかった~」  ――まったくこの三人は……。  その様子を見ていた千砂は、呆れる他なかった。  霊斬は依頼について考えながら、無言でそばを啜った。  店に戻ってからも、霊斬の思考はすべて依頼のことに使われていた。  金には困っていないため、少しくらい、働かなくてもいいだろうと思ってもいる。  最近、刀の注文や修理依頼もなく、作る気もないため、霊斬は床に寝転んで考え込んでいた。  頭には、とりとめもない、考えとも呼べない、曖昧なものが浮かぶ。  どうしたらいいか、分からなかった。  ただ、とても、疲れていた。  そば屋にいく気にもなれず、霊斬はそのまま目を閉じた。  眠っている霊斬の横顔に、汗が流れる。  穏やかな寝顔だったのはほんの少し。その寝顔が苦悶に満ちた表情に歪む。  ――俺はもう……斬りたくないんだ。  霊斬は夢の中で、(うな)され続けた。  姿が見えないことを心配した千砂が、様子を見にきた。戸を叩いても応答がない。無礼だと思いつつ、戸を開けて中に入った。  霊斬の苦悶な表情を見るなり、起こそうと揺り動かす。 「起きな! 霊斬!」 「くるな!」  霊斬は自分の声で目を覚まし、千砂の手を無意識に払いのけていた。  千砂と目が合った。 「悪い」 「どうしたんだい? そんなに汗かいて」  千砂に指摘されて、霊斬は頬に手を当てた。  彼女の言うとおり、びっしりと冷や汗をかいていた。 「嫌な夢でも見たのかい?」 「まぁ……そんなところだ」  手拭いを持ってくると顔を拭い、肩にかけた。 「なにをしにきた」 「様子を見にきたんだよ。朝から、店、開けていないみたいだったから」  霊斬は溜息を吐くと、千砂に言った。 「新たな依頼が入った。決行日にこの近くの袋小路にこい。時刻は日暮れ。俺のことはいいから、もう帰れ」  千砂は店を後にした。  そば屋に戻って仕事をしながらも、霊斬の様子がおかしいと思っていた千砂は、疑念を抱かずにはいられなかった。  仕事を終えた千砂は、四柳の診療所を訪ねた。 「千砂です」 「ああ、嬢ちゃんか。どうした?」 「霊斬について聞きたいことがあってね」  四柳は首をかしげた。 「霊斬のこと? おれが答えられる範囲でなら」  四柳は言いながら、奥の部屋へと通した。
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